1:変化の予兆
「・・・はぁ」
女子たちの騒ぐ声を聞いて、新田龍哉(男子13番)は早くも少し疲れ気味だった。
修学旅行で、すぐ隣の中国とはいえ外国へいけるのだ。ほとんどの生徒は初めての(そしておそらく最後の)経験だろうから、はしゃぐのも無理は無い。
が、女子のキンキン声というのはただでさえ頭に響くものであって、今朝から頭痛のしている龍哉には、うっとおしいとさえ思えた。
「あー・・・頭痛ぇ・・・」
男子にしては長めの、金色に染めぬかれたくせっ毛をかき上げる。
これを見て、彼が野球部の四番だとわかる者は、そういないだろう。
水瀬中野球部きっての強打者、新田。
その名は他校にまで知れ渡っており、当然女子の人気もかなりのものだが、威張ったりしない性格の龍哉は男友達も多かった。
「・・・新田。」
窓の外を眺めていた龍也が振り返ると、隣の席(ちなみに出席番号順)の長柄陽香(女子13番)が、こちらを見ていた。
「・・・席、九十九と替わってやろうか?」
「・・・・・・?」
「気分、悪いんだろ。」
戸惑った表情の龍哉を残し、陽香は手荷物を持ってひとつ前の席へと向かった。
隣の戸塚一(男子12番)となにやら話していた九十九沙希(女子12番)は、一瞬びくっとしたようだったが、陽香と二言三言話したあと、一に断ってから荷物をつかんでこちらへ移ってきた。
「龍哉くん、気分悪いの?」
「んー・・・つーかちょっと頭が痛くて・・・」
言って窓側の壁にもたれる。
野球部のマネージャーで、龍哉とはクラス公認の仲でもある沙希は、その返事を聞くと、なにやら荷物をごそごそとやりはじめた。
龍哉は再び外に目をやる。
変わらない、空港の風景。
定員をこえてしまうために他のクラスとは別れたA組だけを乗せた飛行機は、いまだ飛び立つ気配も見せない。
整備不良だとかで遅れているらしいが、すでに機内に入ってから20分は経っている。
(・・・旅行の日程、どうなるんだろ・・・)
こんなときに頭痛なんて、初日から、ついていない(席を替わってくれた陽香には、感謝だが)。
しかもA組だけがおくれるなんて。
(散々な旅行になりそうだな・・・)
そんな、龍哉の予感が的中していることを、彼らはまだ、知らない。
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