『ハカセの孤軍奮闘記〜奪われたヒートソード〜』



 それは、仕事も学会もない、久しぶりのフリーな日のこと。
 パイオニア2内でもなかなかの著名人であるアズマ=グリーンは、珍しくハンターズギルドに顔を出していた。
 ――久しぶりの休みなのだからたまには外の空気を吸ってきては、と同居人の常春に言われ、あまり気乗りしないままに仕事を探しに来たのだった。
 が、それはおそらく建前。育ちの良さからか家事能力ゼロのアズマを追い出し、その間に部屋を掃除しようという魂胆を、彼はしっかり見抜いていた。
 ――だからこそ、素直に一人で出てきたわけだが。
(まったく……常春はわかりやすすぎるな……)
 心の中で苦笑し、ギルドカウンターに提示された依頼内容に目を通す。タイミングよく、手ごろそうな依頼が一件見つかった。
(依頼内容はアイテムの奪回……依頼主は……ホプキンス?知らない名だな……)
 報酬が明示されていないのも少し気にかかったが、場所は森、しかも同行者が一人決まっているということで、難易度はそれほど高くはなさそうだ。
 暇つぶしには丁度良い。
 アズマは小さくうなずくと、ギルドの受付嬢にこの依頼を受けると告げたのだった。


 ドラゴンとの戦闘中に飲み込まれてしまった武器を取り戻して欲しい。それが今回の依頼の内容だった。
 父親からの贈り物を奪われてしまったらしいホプキンスはかなりあわてていたが、アズマは正直それどころではなかった。
「貴様は……ラフィス氏の所のポンコツ……!」
「……ポンコツとは心外ですねぇ……くっくっくっ……」
 陰鬱に、しかしどことなく楽しげに含み笑いをもらしたのは、黒いボディーのヒューキャストだった。
 彼の名はキファラード。アズマや彼の作り主(マスター)には、キードと呼ばれている。
 ラフィスというのは彼のマスターの名で、アンドロイドという共通の研究テーマを持つアズマとはそれなりに交流がある。ラフィスの自宅を訪ねる度にアズマはキードとも顔を合わせていたが――正直、彼には良い印象をもっていなかった。
 というのは、キードの持つ非常に厄介な『個性』に原因がある。
「……まぁ、『ポンコツ』はラフィス氏に失礼だから撤回しよう……だが、貴様と組むくらいなら私は降りさせてもらう!」
 『ラフィス氏に』を強調してアズマは言い、キードを睨みつけるように見すえた。
「……嫌だなぁ……そんな怖い顔しないでくださいよ……私情をはさんで一旦受けた依頼を蹴るなんて、良くないですし……」
 キードはあくまでマイペースで、意味もなく楽しげにつぶやく。
「毎回毎回、訪問の度に侵入者と誤解して襲い掛かってこられたら蹴りたくもなるだろう!」
 そう。キードには、『味方を敵と誤認して襲い掛かる』という、迷惑極まりない個性が備わっているのだ。
 一見すると不具合にしか思えないこの特徴、実は製作者のラフィスが意図的にプログラムしたもの。おかげでラフィスの自宅には、キードと組まされたハンターズからの嫌がらせが絶えないらしい。
 何度か客としてラフィス宅を訪問したことのあるアズマは、無論キードのこの『個性』についても熟知している――それどころか、実際に賊と間違われて襲われたことも、一度や二度ではない。
 ――アズマが仕事を降りたくなる理由も最もだ。
 しかしキードはそんなことは気にせず、半ば独り言のようにつぶやき始めた。
「……となると……テクニックの使えない私一人では少々心ともないですし……私も降りるしかありませんかねぇ……」
「そ、そんなぁ!?頼むよ〜、パパからもらったヒートソード、取り返してくれよ〜」
 聞こえよがしなつぶやきに反応して、依頼人のホプキンスが半泣きで悲鳴をあげた。
「……クライアントにもギルドにも申し訳ないですが……私一人では無理でしょうからねぇ……仕方ありませんよねぇ……くっくっく……」
 無意味に含み笑いをもらし、キードはゆっくりとギルドカウンターへ向かった。
 ホプキンスがわめく声に混じって、呪詛にも似た陰鬱なつぶやきがアズマの耳へと届く。
「……それもこれも、私が嫌いだというだけの理由で仕事を降りた、アズマさんのせいで……くっくっくっ」
「――ああもう!わかったわかった、受けるからその不気味な笑いをやめたまえ!」
 ヤケ気味にアズマが声をあげると、ホプキンスが大喜びで飛びついてきた。
「くそっ……これでは気晴らしどころではなさそうだな……」
 深い溜息をついたアズマは、この依頼が思っている以上に大変になることなど、知る由もなかった。



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