『ハカセの孤軍奮闘記〜奪われたヒートソード〜』



 緑のにおいが濃い、ラグオル地表、森エリア。母星コーラルにはない豊かな自然は、見る者の気分を安らかにする。
 ――が、今のアズマには、周りの景色を楽しむ余裕などなかった。そもそも、ハンターズとしてそれなりのキャリアを持つアズマにとって、森エリアは今更物珍しがるような場所ではない。その上、連日の研究や学会で室内にこもりきりだった身体には、ラグオルの日差しは強すぎた。
「……暑……っていうか眩しい……」
「……くっくっくっ……さすがは引きこもりで名高いアズマさんですねぇ……」
 極めつけは、この同行者であるアンドロイド。鮮やかな日差し、澄んだ空気、豊かな自然、といったピクニックに最適なシチュエーションにはまったくそぐわない鉄面皮であるばかりか、陰気な含み笑いはこちらを馬鹿にしているようでいちいち耳につく。
「誰が引きこもりだ!」
「おや?ルカさんからアズマさんは人嫌いの引きこもりだとお聞きしていますが……」
「……ッ……あのアマ……」
 アズマの唇から、育ちの良さには似つかわしくない言葉が呻きとなって漏れた。
 ルカと言うのは二人共通の知り合いなのだが、アズマとはどうも相性が良くないようで、顔を合わせては喧嘩ばかりしている。最近は良識を身に着けるために(彼女の元で良識が身につくのかは些か疑問だが)、キードの主人・ラフィスの元に通っているらしいから、その時に妙な評価を吹き込まれたのだろう。
「……違いましたか。これは失礼を……」
 言葉では謝りながらも、声音がどことなく楽しそうなのは気のせいだろうか。
「……あーもういい!行くぞ!!――後ろから援護するから、君は敵に突っ込んで盾役になりたまえ。多少巻き込むことになるかもしれないが、回復はしてやるからダメージは気にするな」
 アズマは、とにかくさっさと終わらせて厄介払いすることに決めたようだ。愛用のラフォイエマージ(家宝とのことだ)を装備しながら物騒なセリフを吐くと、キードを促してすたすたと歩き始めた。
「わかりました……ご要望どおり、攻撃に集中させていただきますよ……」
 後に続くキードは、そう言って含み笑いをもらすのだった。


 ざんっ。
 アズマの補助テクニックを受け、キードのクレイモアが空を裂く。
 赤いフォトンが宙に残像を描き、一瞬遅れて数匹のブーマが血飛沫をあげた。
「……くっくっくっ……」
 大剣を振るいながらも、キードは時折不気味な含み笑いをもらす。
 そこに、
「ラフォイエ!!」
 アズマのテクニックが炸裂した。
 どぉんという爆発音とともに、半球型の炎がキードの討ち漏らしたブーマ達を焼き尽くす――回避の間に合わなかったキードごと。
 とは言っても、特殊な装甲が施してあるのか、キード自身に大した損傷はない。最初はそれなりに手加減していたアズマも、それを確認してからは遠慮なくテクニックを連発していた。
(これは、思ったより楽に行けそうだな……)
 アズマがそう思ってわずかに気を抜いた、
 その瞬間。
 ――ラッピーの集団を相手にしていたキードが、そちらに背を向けるのにもかまわず方向を変えた。
「……ん?どうした、キー……」
「……くっくっくっ……覚悟」
 アズマの呼びかけを遮って、キードは笑い声をあげ――突如、アズマに斬りかかってきた。
「うわっ!!」
 フォトン武器独特の音をあげ、キードの大剣がアズマの目の前に迫る。
「――ッ!」
 あわてて身を翻したアズマの前で、赤い残像が空を切った。
 ――アズマはわずかに体勢を崩し、あわてて二撃目に備える。
 が、その前にキードの攻撃は終わった。
「――おや、アズマさんでしたか。これは失礼を」
 まったく悪びれる様子もないキードをアズマが殺意さえ込めて睨みつける。
「このポンコツめ――今度やったら手加減無しで燃やしてやる!……まったく、厄介な“個性”をつけてくれたものだ……」
 造り主のラフィスに対する悪態をつきながら、アズマは大きく息を吐いた。
 ――これがキード最大の特徴である、“敵味方を誤認する”という迷惑極まりない“個性”だ。ヒューキャストの高い攻撃力を持ちながら、およそ三割という確率で味方に攻撃をしかけるのだ――それも、手加減なしで。
 ニューマンであるアズマは、正直体力面には自信がない。ハンターズとしての熟練度(レベル)には差があるとはいえ、敵に集中しているところに斬りかかられたら――もちろん、ただではすまないだろう。
 精神的に物凄く消耗しそうな予感を覚え、アズマは再度溜息をついたのだった。


 普段からは考えられないほど大量のエネミーを葬り、エリア2の終盤に差し掛かった頃には、アズマは疲れきっていた。
 キードが盾になっているおかげでエネミーからのダメージは少ないが、その盾がいつ自分に牙をむくかわからないという状況では常に気を張り詰めていなければならない。
 それに加えてテクニックを使いすぎたせいで、精神的な疲労は極限に達している。
 ――とにかく、エネミーの出現数が多い。それも、普段は比較的少ないはずのジゴブーマやヒルデベア――氷テクニックを苦手とする種が、やたらと沸いて出るのだ。
 炎テクニックが得意なアズマは不満たらたらだった。
「なんでこの私がバータなどを連射しなければならないのだっ……」
「そんなこと言っても仕方ありませんって……ほら、まだ来ますよ……くっくっくっ」
 アズマのつぶやきに、キードの含み笑いが応じた。
「まだ沸くのか!?……このペースでは……そろそろフルイドの残量が厳しいぞ……」
 言いながら、歩み寄ってきたジゴブーマにバータを浴びせる。その横でキードはコンフューズトラップをサベージウルフ達に投げつけていた。
「私のトラップもこれで打ち止めですねぇ……」
「――仕方ない。こいつらを片付けたら、いったんシティに戻るぞ」
 溜息まじりの言葉に、キードは同意の意をこめて剣を振るった。


continua seguente



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