『ハカセの孤軍奮闘記〜奪われたヒートソード〜』
メディカルセンターで軽い治療を受けた後、アイテムを補充しようと二人がショップへ向かうと、見覚えのあるフォマールが武器屋を覗いていた。
「……む?あれは……」
「おや……マスターではありませんか。こんなところで何を……?」
彼女は二人の声に反応してふりむくと、驚いたように眉を上げた。
わずかに紫がかったような白髪に、紺色のハンタースーツ。キードの作り主であり現主人、ラフィス=レティソルアその人だった。
「キードに……アズマ殿ではないか。ずいぶんと珍しい組み合わせだのう」
時代がかった口調でラフィスが言うと、アズマは不機嫌そうに目を細めた。
「たまたま依頼を受けに行ったら一緒になったのだよ――ものすごく不本意ながら」
「ふむ……戦闘システムの実践テストを兼ねてギルドへ行かせておったのだが……アズマ殿がパートナーだとはのう。面白いことになったものだ」
「私は面白くもなんともないのだがね」
少なからず怒った様子のアズマに対し、ラフィスは楽しそうにくすくすと笑っている。
その間に買い物を済ませておこうと、キードは一人で道具屋へと入っていった。
「そう怒らずとも良いだろう?――どうかのう?アズマ殿の目から見た、うちのキードは」
苛立つアズマをなだめるようにラフィスが言うと、アズマは今度は小さく溜息をついて言った。
「……例の“個性”がこれほど厄介なものだとは思っていなかったよ」
「ふむふむ。そう言ってもらえると嬉しいのう」
そう言うラフィスの表情は明るく、本当に心から喜んでいるようだった。
(……やっぱり変わり者だな、この女は……)
内心で溜息をつきながらアズマは続ける。
「それと……奴のボディパーツは耐熱装甲なのかい?私のラフォイエが全く効いていなかったのだが……」
キードへの攻撃をほのめかす発言を、アズマは造り主の目の前で堂々と言い放った。しかしラフィスは気にした様子もなく答える。
「ああ、あれはのう……対ハンターズ用の特殊装甲だ」
「――対ハンターズ?」
味方であるハンターズに対する防備の必要があるのか?言外にそう告げたアズマに、ラフィスは笑みを深くする。
「うむ、ハンターズからの攻撃を――正確には、記憶してあるタイプのフォトンエネルギーをだが、それを分析・分解して無効化するシステムだ」
「何のためにそんなものを……って、訊くまでもないことだったな」
「うむ、ご想像通りだ。キードと組んだハンターズは怒って攻撃――本人達曰く“報復”だが、あやつに危害を加えようとすることが多いのでな。最初の頃は修理が追いつかない程の損傷を負うことも珍しくはなかったのだ」
「……それはそうだろうな」
アズマのつぶやきに小さくうなずき、ラフィスは続ける。
「そこで、ハンターズからの攻撃をはじくシステムを考案してみたのだ。テクニックにも有効だが、もともとフォトンを使っていない刀などの武器や、エネミーなどフォトンのデータを記憶していない攻撃には意味がない。さらに、通常の装甲よりかなり重くなっているのでな。キード以外には搭載しておらぬのだ」
「……なるほど。実用化は難しいようだが……面白いことを考えたものだ」
ラフィスの考えにはついていけないこともあるが、同じ科学者として彼女の発想には驚かされることもある。アズマは感心したようにうなずいた。
と、そこで買い物を終えたキードが戻ってきた。それを横目で確認すると、ラフィスはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「――と、いうわけだ。いくらでも、遠慮なくテクニックの巻き添えにしてかまわぬぞ」
そう言って、ラフィスはからからと笑うのだった。
買い物を終え、ラフィスと別れた二人は、ついにドラゴンのいる地下へのトランスポータにたどりついていた。
「よし……もうすぐだ。さっさと片付けるぞ」
「わかってますよ……くっくっくっ……」
キードがしつこく笑い声をあげるが、アズマは今更といった感じで文句は言わない。
(とにかくこれで終わりだ。ムダに長かったが……もうすぐだ)
しみじみと溜息をつきながらトランスポータに足を踏み入れ――気がつくと、アズマはセントラルドームの地下にいた。
(ん?まだ起動スイッチは押していないはずだが……キード君が押したのか?)
そう思っているうちに、巨大なドラゴンが咆哮をあげて現れる。
「よし――行くぞ、キード君」
――しかし、キードからの返事はなかった。
「ん?」
怪訝に思って周囲を見回すが、広い地下のどこにもキードの姿はなかった。
「お、おい!?キード君!?」
あわてている間に、ドラゴンはアズマに気づいて近づいてきた。ある程度まで近づくと、首を大きく持ち上げる。
「――ブレスか!?」
予想どおり、ドラゴンは巨大な口から勢いよく炎を吐き出してきた。
「……ッ!」
アズマは身を翻し、吐き出された火炎をかわしきった。
――その時、アズマの腕についた携帯端末が電子音を発した。メールが届いているようだ。
(こんな時にっ……)
悪態をつきながらもドラゴンから距離をとり、メールを開く。キードからだった。
『戦闘中失礼します……どうもトランスポータが誤作動を起こしてしまったようで、私が乗る前に転送できない状態になってしまったんですよ……なんとかお1人で頑張ってください……くっくっくっ……』
ご丁寧に笑い声まで入った文面に、アズマの頭に血が上る。
「お一人で……だと!?ふざけるのもたいがいに――ああもう!!」
文句を言い始めたアズマをドラゴンの炎が襲う。
ここではリューカーを使うことはできない。帰るためにはドラゴンを倒すしかないのだ――アズマ一人で。
「――くそっ!あのポンコツ、丸焼きにしてやるっ!!」
怒鳴り散らすと、アズマはやつあたり気味にドラゴンと向き合ったのだった。
「お待たせしました……おや?もう終わってしまったようですねぇ……くっくっくっ」
キードがドーム地下に現れた時には、アズマはドラゴンの口からヒートソードを取り出してしまっていた。
「何が『お待たせしました』だ!大変だったんだからな!」
飄々と言うキードを怒鳴りつけるアズマは、黒い煤や擦り傷で、少なからず悲惨な状態だった。オトリ役も盾役もなしでドラゴンに立ち向かうのは、さすがのアズマでもそう簡単ではなかったようだ。
「そう言われても……悪いのは私じゃなくてトランスポータの故障……」
「知ったことか!……この私にここまでさせたからにはただではすまないからな……」
完全にすわった目で、アズマはにぃっと笑みを浮かべた。
その視線の先には、ドラゴンが地底に潜った時にできた、マグマが覗く深い穴。
その日、なぜか装甲のところどころをドロドロに溶かして帰ってきたキードの姿を見て、ラフィスが思わず爆笑したり、報酬を受け取ったアズマがそのあまりの少なさに「フルイド代にもならないではないか」とホプキンスに掴みかかったりと、いくつかの後日談が生まれたのだが――それはまた、別の機会に。
fin.
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