『l'ultima torta−究極のケーキ』
テーブルの上には白い小皿とティーカップ。ココア色のクリームと瑞々しい苺に彩られたショートケーキが、湯気を立てる紅茶とともに美味しそうな香りを放っている。手元には小さな銀のフォークがちょこんと添えられていて、食べる準備は万端だ。
ラフィスはそれらをじっとながめ、おもむろにフォークを手に取ると、
「――ケーキが食べたい」
言った。
『…………は?』
呆れたような声が二つ、即座に返ってくる。
「食べたいなら食べればいいじゃないですか……誰も止めたりしませんよ?……くっくっくっ」
含み笑いを交えてキードが言うと、
「まったくだ。マスター、あなたの目の前にあるのは何だ?お望みのケーキだろう」
隣に座っている薄紫色のレイキャストがうなずいた。キードでさえすっぽり入ってしまいそうな巨体を持つ、彼の名はゼロセント。ラフィスの作品第1号で、三号機のキードからすれば兄機にあたる。
二人のもっともな意見に、しかしラフィスは重々しく溜息をついた。
「これをケーキだと言い切るか……アンドロイドに味覚がないのを羨ましく思ったのは初めてだのう……」
言いながら、嫌そうにケーキを睨みつけ、手にしたフォークでつんつんとつつく。わけがわからず黙り込む二人を無視して、ラフィスはフォークに少しだけついたクリームを口に運んだ。――瞬間、
「……………………」
からん。
『マスター!?』
無言でフォークを落として気を失いかけたラフィスを、慌てて立ち上がった二人が支えた。
「う……すまぬ、大丈夫だ」
「なるほど、それはサラの『作品』なのだな」
「ああ……そういうわけですか……」
納得する二人に、ラフィスは小さくうなずいて見せる。
サラというのは、ラフィスの作品の二号機に当たるレイキャシールで、家事専門アンドロイドでありながら、食べる者にとっては致命的なほどの料理の腕を持っている。現在はラフィスの従兄弟の家で働いているのだが、メンテナンス等のため、時折ラフィスの元へ顔を出すのだ。
「あやつめ、久しぶりに調子を見てやったら、土産にとこんなものを置いていきおってのう。――食べ物はいらぬとあれほど言っておいたのに」
「――つまり、見た目は美味そうだが食べられない“サンプル”を目にしたせいで、本物のケーキを食べたくなったと……そういうわけだな?」
「うむ、そういうわけだ」
ゼロの言葉にラフィスは大きくうなずき、少し身を乗り出した。
「だから、すまぬが二人でナウラ姉妹の所までひとっぱしりしてきてはくれぬか?」
「ナウラのケーキ……ということは洞窟か。しかもキードと……気がすすまんな……」
ゼロは低い声をさらに低くして呻くように言った。
「そこをなんとか」
「嫌なものは嫌だ。――それに、俺とキード二人で最深部にまで辿りつけるかも疑問だ。洞窟は長いぞ、マスター」
ゼロの反論に、ラフィスは言葉を詰まらせる。テクニックが使えないため回復手段が限られるアンドロイドは、消耗戦には向かない。最深部に辿りつく前に回復アイテムが切れ、力尽きてしまうだろう。
「むう……しかし、そもそもここにはアンドロイドしかいないしのう……」
ラフィスが額を押さえて悩み始めたとき、玄関の方向からチャイムの音が聞こえてきた。
「ん?ルカかのう……キード、出てくれぬか」
「わかりました……くっくっくっ」
意味もなく笑い声をあげてキードが立ち上がり、あちこちに仕掛けられた罠を器用に避けて歩いていく。それを見送りながら、ラフィスははっと顔を上げた。
「――待て、ルカが来たと言うことは……」
そこで言葉を切り、にやりと笑みを浮かべる。
洞窟行きの任務は避けられそうだと安堵していたゼロは、その笑みの理由に思い当たり、嫌そうに言った。
「……マスター、まさか」
「ふふふ……うむ、テクニック要員が現れたようだのう」
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