『l'ultima torta−究極のケーキ』
洞窟に通じるトランスポータを降りた途端、一同は――アンドロイドを除く二人だが――辺りを満たす熱気に顔をしかめた。
「うわ……何回来ても慣れねーな、この暑さは……」
長い黒髪を邪魔そうにかきあげながら言うのは、ソウルイーターという名の大鎌を肩に担いだハニュエール、ルカ。
無理もない。洞窟の第一階層は、地面や壁のあちこちから噴出するマグマのせいで、天然のサウナ状態になっているのだ。
すでにルカは汗びっしょりだし、後に続くキードとゼロもどことなく動きが鈍い。
「……マスター、センサーの調子があまり良くないようだ。戦闘に支障はないと思うが、後で少し診てくれないか」
「この暑さでは熱暴走の危険もありますしねぇ……くっくっくっ……」
そう、二人のあとに続く四人目は、この洞窟探索を言い出した張本人、ラフィスだった。「ケーキが食べたいならあんたも来い」とルカに言われ、それでも嫌がるのをキードとゼロの二人がかりで取り押さえられてつれてこられたのだ。
「うう、暑い……だから私は行かぬといったのに……」
重そうな紺の長衣を引きずりながら、ラフィスがだらだらと三人の後を追ってくる。ほとんど水着に近いような格好のルカと比べると、やはり体感温度は随分高いようだ。
「いい大人がワガママ言ってんじゃねーよ。働かざる者食うべからずだ」
「むう……しかし私は戦闘は苦手だと言っておるだろう?それに、体力にも自信はないし……こんなところを動き回るなど、とても無理だのう……」
額の汗を拭いながら、半ば諦めたように溜息をつく。
「安心しろ、マスター。動けなくなったその時は、遠慮なく見捨てていってやろう」
「……この親不孝者……」
しかし、いざ戦いが始まってみると、ラフィスは予想外の活躍を見せた。
補助テクニックで全員の能力を上げ、あとは後方でジェルンやザルアを放って敵を弱体化させているだけなのだが、補助テクニックのレベルはそれなりに高いようで、効果は劇的だった。
前線で鎌や大剣を振るうルカとキードは、大した怪我もせず、楽にエネミーを減らしていく。
――足を引っ張っていたのは、むしろゼロのほうだった。
「ゼロ、援護頼むぞ!」
ルカが叫び、ソウルイーターを振りかざしてエビルシャークの群れへ突っ込んでいく。
ざんっ。凶々しい紫の残像を宙に描き、巨大な鎌が緑色の鮮血を散らす。鎌を振り切ったあとの隙を、ゼロのかまえるファイナルインパクトがフォトン弾を放ってカバーする――はずなのだが。
「くっ……俺には……俺にはできん……!!」
苦しげに呻き、ゼロは銃を下ろして顔をそむけた。
「な……おいゼロてめぇ!」
ルカが叫ぶ。あわてて回避にうつろうとするが、捨て身で鎌を振り切ったため、わずかにバランスを崩していた。そこを、立ち直ったエビルシャークの腕が襲う。
「――っ」
「ラフォイエ!」
どぉん。ラフィスの声とともに、エビルシャークの一体を中心にして、爆発がおこった。威力はそれほど高くはないが、ルカに離脱の隙を与えるには十分だ。
「ナイスフォロー……!」
言ってルカが跳び退る。そこへキードがチェインソードをかまえて飛び込んだ。
「……くっくっくっ……」
陰気な含み笑いに、チェインソードの金属音が重なる。キードの一撃で、エビルシャークの群れは血飛沫をあげて倒れ伏した。
「……危ねぇ……サンキュ、ラフィス」
「うう……無駄に疲れてしまったではないか……」
ラフィスは溜息交じりにぼやいた。テクニックの使用は集中力を必要とするため、使用者の精神力を大きく消耗するのだ。
「あたしのせいじゃねーよ――おいゼロ!援護頼むって言ったじゃねーか!!」
ルカの怒鳴り声に、ゼロはすまなさそうにうつむいた。
「すまない……だが、俺には罪のない生き物達を撃つことなどできんのだ……!」
「はぁ?罪のない生き物達?」
さすがのルカも、呆れたように訊き返す。今まで自分たちを襲ってきていたエネミー達が、罪のない生き物達だなんて思えるわけがない。
「なに言ってんだ、お前。あたしらを襲ってきてるのはあっちの方じゃねーか」
「しかし彼らはD因子の汚染の影響で凶暴化しているだけだろう。彼らに戦いの意志はないはずだ」
「――だあぁっ、この役立たずっ!」
短気なルカがゼロを睨みつけたところで、ラフィスが止めに入った。
「二人とも、それくらいにしておけ」
「だってラフィス……!」
「ルカ、ゼロは元来このような性格でのう。多少は多めに見てやってくれぬか」
「ち……お前のところのアンドロイドは、本当に役立たずばっかりだな」
棘を含んだルカの言いように、しかしラフィスは気にする様子もなく言った。
「そういうな、おぬしもわかっておるだろう?私にとって重要なのは、“実用性”よりも“個性”だ」
言外に“役立たず”を肯定し、それでいて誇らしげにラフィスは笑う。
彼女にとっては、アンドロイドが人間の役に立つかどうかなどどうでも良いのだ。それぞれが人間に負けない強い個性を持ち、一体一体がそれぞれ、コピーではなくオリジナルである――それこそが彼女の求めるアンドロイドだ。
「だが……ゼロ、おぬしももう少し融通が効いても良いとは思うのう――意志はどうあれ、あやつらエネミーが多数のハンターズを葬っておるのは確かだ。罪がないとは言い切れぬよ」
「ふむ、それもそうか……先に下りたハンターズ達の仇討ちということならば……」
ゼロは自分を納得させるかのようにぶつぶつとつぶやき、手元の銃をファイナルインパクトから薄紫色のマシンガン、H&S25ジャスティスに持ち替えた。
「よし、OKだ。先ほどの失態の埋め合わせは、これからしっかりとさせてもらう」
「期待してるぜ」
「ほどほどにのう」
ゼロの言葉に二人が頷く。それと同時に、周囲に新手のエネミーが現れ始めた。
「――エネミー反応感知。戦闘モードに入ります……くっくっくっ」
キードが機械的に、しかし含み笑いは忘れずに言い、チェインソードを振り上げた――ルカに向かって。
「ああもう!あたしだキード、エネミーじゃねぇ!」
continua seguente
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