『l'ultima torta−究極のケーキ』



その会話を境に、ゼロは豹変した。
ラフィスの言葉が効いたのか、エネミーへの攻撃をためらうことはなくなった――どころか、一切容赦のない全力攻撃である。
「くくく……数多のハンターズの無念、思い知るが良い」
キードよろしく含み笑いを漏らし、ゼロがマシンガンを振りかざす。
ダダダダッ。ゼロのジャスティスが、宙を舞うナノノドラゴに向かって大量のフォトン弾を放った。
多数の弾丸を一気に叩き込むことで大ダメージを与えるマシンガンは、その強力さに見合った反動のきつさという欠点を合わせ持つ。連続して命中させるためには、跳ね上がる銃身を押さえ込む必要があるため、命中させるのは困難となるし、何より大きな隙を生む。
しかしゼロは、アンドロイド特有の強固な腕で、その反動を完全に押さえ込んでいた。
マシンガンの連射を受け、ナノノドラゴはたまらず悲鳴をあげる。バランスを崩して高度を落としたところで、ルカがソウルイーターを一閃した。
「っしゃぁ!やるじゃねーか、ゼロ」
先ほどとは打って変わった見事なコンビネーション。ルカは軽く額を拭い、ゼロに向かって親指を上げて見せた。
「こいつらに葬られたハンターズの無念を晴らさねばならないからな……くくくく……」
どう見ても楽しんでいるとしか思えない声音に、ルカは眉を寄せる。
「……ラフィス……こいつ、性格に問題があるような気がするんだが」
「ふふふ……これもまた“個性"だからのう」


そうこうしながらも、四人は致命的なピンチに陥ることもなく、洞窟の最下層に辿りついた。――ただし、第一階層の熱気と、第二階層での冷気と湿気、体力のないラフィスはこの急激な変化についていけず、完全にバテてしまっていたが。
「うう……もうこれ以上は歩けぬ。シティに帰らせてくれ……」
「何いってんだよ、もうちょいじゃねーか」
「……普段の生活習慣が祟ったな、マスター」
「研究研究で、滅多に部屋から出ませんからねぇ……室内は空調完備ですし」
三人に言われ、ラフィスはうう、と小さく呻く。
「そもそもケーキが食べたいって言い出したのはあんただろ?言い出したからには、最後まで責任持って付き合えよ」
「そう言われても無理なものは無理なのだ……最初で言っただろう、私は体力がないと」
実際、ラフィスの顔色はかなり青ざめていて、半ばゼロによりかかりながら辛うじて立っている状態だ。
「そりゃぁ言ってたけどさ……もう少しなんだぜ?せっかくここまで来たんだから……」
「……仕方ないな」
ルカのぼやきに、ゼロは軽く首を振り――ひょいっと、ラフィスを抱え上げた。
「っ、何を」
「歩けないというなら抱えていくまでだ。俺達が手を出さなくてもエネミーは何とかなるだろう――ルカ、キード、頼んだぞ」
落ち着いたゼロの返答を聞き、ルカはにやりと笑む。
「オーケイ、まかせな」
「ふ……なら、お言葉に甘えるとしようかのう」
ラフィスは苦笑交じりにそう言い、ゼロの腕に頭を預けた。
「……しかし、あまり居心地は良くないのう……随分と硬い枕だ」
「文句を言うなら降ろしてやろう……と……マスター、大気中に微量の糖分を確認した」
ゼロが言い、ルカが鼻をひくつかせる。
「お、ホントだ。甘い匂いがする」
「こっちから来ているようですねぇ……くっくっくっ」
「おお、ナウラの店か!」
キードが指し示した方向に、ルカとゼロが従う。
可動式の扉が開くと、薄暗い地下洞窟には不釣合いな、小さいが色鮮やかにデコレーションされた店舗が目に入った。どうやら、本当にすぐ近くまで来ていたようだ。
「やっと着いたか……長かったな……」
「これで美味いケーキが食べられるぜっ」
ルカが嬉々として店舗へと駆けていく。
『ケーキ屋『ナウラ』へようこそ!』
いつも変わらない営業スマイルの三姉妹の声が、洞窟の壁に明るく反響した。


が。


「――なに、売り切れだと!?」
「はい、申し訳ないのですが……ついさっき、最後の1ホールが出たばっかりなんですぅ」
そう、ケーキはすでに売り切れた後だった。四人が――というよりラフィスとルカが――どれだけ落胆したかは言うまでもないだろう。
「あああああもう!なんのためにここまで来たんだよっ!」
「うう……だから私は行かぬと言ったのに……」
「仕方ないだろう、諦めることだな」
「文句を言ったって仕方ありませんからねぇ……くっくっくっ」
ケーキなどもとより欲していないゼロとキードは至って冷静だ。
ルカとラフィスはしばらくぶつぶつと文句を言っていたが、
「……帰るか」
「そうだのう……」
やがて完全に力の抜けた声でルカがつぶやくと、ラフィスがそれに応じてリューカーを唱えたのだった。


四人は無事ラフィス宅に帰り着き、揃ってリビングのソファに腰を下ろした。
「うう、疲れたのう……ラピス、お茶の用意をしてくれぬか」
ラフィスが、傍らに立つ家事アンドロイドのラピスに声をかける。が。
「あたしがそんなめんどうなことするわけないじゃん。それよりマスター、お客さん来てるよ――客間に通してあるけど」
ラピスの言葉に、ラフィスは眉を寄せる。
「こんな辺鄙な所をたずねる客がおるとはのう……すまぬが立ち上がる気力はないのだ。ここへ通してくれ――そう面倒そうな顔をするな」


「自分は動かず客を呼びつけるとは、相変わらずのようだな」
しばらくして、不満顔のラピスの背後から現れたのは、金髪にオッドアイの男性ニューマン。勿論、見覚えのある顔だった。
「おお、アズマ殿だったか。久しぶりだのう」
「うわ、てめぇ何でこんな所にいるんだよ!」
友好的なラフィスに対して、ルカは会って早々喧嘩腰だ。
「ふん、お前に会いに来たわけではないから安心しろ。――久しぶりに暇だったからな。少し話でもしようかと思って訪ねたのだが……留守だと聞いて驚いたぞ」
こちらも険悪なムードでルカに答えてから、あらためてラフィスに向き直る。
「それはすまなかったのう。こやつらが私を外に連れ出そうとうるさいものだからな」
「……ラフィス氏はもう少し外出する必要があると思うのだが……」
「人のこと言えるのかよ」
アズマのことを『ヒキコモリ』と称してやまないルカがぼそりと呟く。だが、ラフィスの引きこもりっぷりはアズマの比ではないだろう――そう呼んだところで、本人は特に嫌がることはないだろうが。
「――そうそう、土産を持ってきてやったのだ、一緒に食べないか?」
ルカのセリフは無視することに決めたらしいアズマは、ソファに腰掛けながら持っていた箱を卓上に置いた。
「ナウラのケーキだ。わざわざ洞窟に行って買ってきたのだ、感謝しろよ」
その一言に、部屋の空気が凍りついた。
「――ん、どうかしたか?」
「……まさか、私達の直前にケーキを買っていった客というのは……」
「君達もナウラへ行ったのか?――そういえば、ずっと後ろの方がなにやら騒がしかったが……それかな?」
「てめぇ……!あたしらの苦労を無にしやがって……!!」
ルカが青筋を立ててアズマに掴みかかる。明らかに筋違いの逆恨みだが。
「うわ……離したまえ!」
「まぁまぁ、こうして土産に持ってきてくれたのだから、よしとしようではないか……というわけでアズマ殿、ありがたく頂くぞ」
そう言うとラフィスはケーキの箱を持ち上げ、そそくさと立ち上がって部屋をあとにする。
「ちょ……待てラフィス、あんた一人で食べる気じゃねーだろーな!?」
「ぎく」
律儀に声に出してぎくりとするラフィス。
「図星か!あたしにもよこせー!!」
「待て、そもそも持ってきたのは私だぞ!?」
「もらったからには私の物だからのう。どうしようが私の勝手だ」
『んなわけないだろ!!』
アズマまで乱入して、三人は言い合いを始めてしまった。
それを横目で見やり、三体のアンドロイド達は溜息を吐く。
「人間って時々何考えてるかわかんないよね」
「ケーキごときであそこまで必死になれるとは……俺達には絶対にわからない感覚だな」
「私達にはナウラのケーキもサラのケーキも大差ありませんからねぇ……くっくっくっ」
三対のセンサーアイが見守る中、三人の言い争いは続くのだった。


la fine



back
top