10:悲壮な前進
銃声は、割と長く続いた。
数える余裕のある者は居なかったが、合計で17回。
それから、静かになった。
「・・・終わったようですね。それでは次――」
「ふざけるな!!」
がたんっ。
龍哉は、たまらず立ち上がった。
「終わった、だと!?・・・だれか、死んでるかもしれないんだぞ!?お前ら政府の、くそゲームのせいで!!」
二人とも無事に逃げ出したという可能性もあったが、外にいるのは二人だけ、というこの状況では、どちらかが死んでいると思ったほうがいい。
そしてその二人の力量を考えれば――死んでいるのは勇のほうだろう。
「・・・なにが言いたいんでしょうか?」
「人の命を何だと思ってるんだ!!カンタンに殺しやがって・・・」
そう、どちらか死んだとすれば、これで二人目の死者。最悪、相打ちで二人とも、という可能性もあるのだ。
「早也も・・・勇も、お前なんかよりずっと生きる価値がある人間なんだ・・・・・・!」
「・・・つまり、新田君、君は池田くんがもう死んでいると、そう思うわけですね。・・・でも、そうだとすれば、殺したのは流川さん――君達のクラスメイトの一人、ということになりますよ。」
挑むような、面白がるような表情で、高橋は龍哉を見る。
「・・・・・・っ!」
血が、頭に逆流する。知らず、龍哉は拳を握り締めていた。
思わず高橋に飛び掛ろうとした、(そして高橋がポケットに手を入れた)その時。
がたがたっ。
「新田!」
「龍哉!」
立ち上がる音、そしてその声に、龍哉は動きを止めた。
「・・・馬鹿やってんじゃねぇ」
「落ち着け、龍哉」
サッカー部一の俊足・矢野義幸(男子19番)と、剣道部エースの藤堂健也(男子10番)。
男子20人の中でも最も結束が固い、小学校からのつきあいの二人だった。
二人は席を離れ、龍哉のそばへ歩み寄った。
「・・・義幸、健也・・・。」
「死ぬのは勝手だけどな、沙希さんが泣くぞ?」
「こいつに復讐するなら、なんとかここを抜け出してから考えようぜ。」
二人は冗談めかして言ったが、その目は真剣だった。
「な、確かにこいつはムカつくけど、もう少しガマンしよう・・・」
「ひどい言い様ですね・・・本人を目の前にして、そこまで言いますか・・・」
高橋は苦笑いで頬をかく。
「言われる筋合いは、あるだろ」
義幸は高橋を睨みつけた。
「・・・龍哉、さっきはごめん・・・助けに行けなくて。だけど俺は絶対こんなゲームに乗らないから・・・信じてくれ。」
健也が高橋に聞こえないようにささやき、龍哉は小さくうなずく。
「当たり前だ。お前も、義幸も、沙希もみんなも、俺は疑ったりしてないぜ。」
ささやき返すと、健也は満足げに笑んだ。
「・・・そろそろ、良いですか?」
「ち・・・分かったよ・・・」
高橋の右手がポケットに入っているのを見て、義幸が答える。
彼に促されるようにして、三人は席に戻った。
帰り際、健也が彼女の香坂美亜(女子5番)にむかって笑顔でうなずくのを、龍哉は見た。
沙希に目をやると、彼女はうつむいていて表情は見えなかった。
「・・・時間、ロスしちゃいましたね・・・女子1番、相原さん。急いでください。」
女子不良グループの一員である相原麻保(女子1番)は、静かに前へ出ると黒板にあったチョークを握った。
カカッと小気味良くチョークが鳴り、麻保はデイパックを受け取ると、夜深同様さっさと出て行ってしまった。
「・・・・・・・・・」
麻保は、デイパックから取り出した「武器」を右手に握り、玄関から顔だけを出して辺りを見回した。
(流川のことだ、池田なんかさっさと倒して、まだ待ち伏せしてるかもしれない――。)
玄関のガラスは擦りガラスになっていて、顔を出さないと外は見えない。
念のため、靴箱に残っていた靴を一つ、思いっきり投げてみたが、反応も、音すらもなかった。
(・・・居ないのかな・・・?)
おそるおそる出てみると、そこは校庭になっていて、夜深の姿はもちろん、隠れられそうな場所すらなかった。
一息ついて歩き出した麻保は、途中でぎくっと足を止めた。
―――体。
まさしく池田勇の死体だった。
麻保は一瞬ひるんだが、ガマンしてその死体をよく見た。
うつ伏せになったその首筋には、嘘のようだがダーツの矢がささっていた。
他に外傷は見当たらない以上、それが直接の死因だろう。
(・・・あいつ・・・こんな物で殺したの・・・!?)
ぞくっと背筋が震えた。
銃による傷は無いが、辺りにはいくつか銃による跡があった。
夜深が銃を持っていたなら、あんなに乱射せずにさっさと仕留めるだろう。
(・・・池田が持ってた銃を流川が奪って逃げた――そんなところか。)
堪えきれず、麻保は死体から目を逸らした。
(・・・っ、生き残るためにはあんなのを倒さなきゃいけないわけね・・・かなり厳しいな・・・)
不良娘の仲間入りをしてかなりになるが、さすがに人を殺したことはないし、一対一の真剣勝負、といった本気の喧嘩は経験がない。しかも、スポーツにはまったくと言っていいほど自身がなかった。
だが、かといってあっさり死ぬわけにもいかないのだ。
―――にたくない。
その思いをはっきり確信し、麻保は決めた。――いや、あるいはすでに決まっていたのかもしれないが――このゲームに乗ること、そして生きるためにはどんな相手でも容赦しないことを。
まあ当然と言えよう。彼女は、このクラスの誰一人――いや、すべての人間の誰一人として、信用してはいなかったのだから。
麻保の両親が離婚したのは、彼女が三歳のときだった。
それから麻保は国立の孤児院に入れられたのだが――幸いと言うか、そこは兵士育成所にはなっていないところだった。つまり、使えそうにない子供が集まっていたのだ。
しかし学校では孤児院の子は一人だけで(同じ学年の子がいなかったのだ)、しかも運動が苦手な麻保がいじめの対象となるのに、さして時間はかからなかった。
入学した直後から、麻保はずっと一人で小学校生活を送っていた。
六年で、女子不良のリーダーとなっている長柄陽香と同じクラスになったのをきっかけに不良グループに入ったが、そのころには麻保は他人を信じられなくなっていた。
(――あたしは誰も信じない。一人で生き抜いてみせる。誰を犠牲にしたって構わない――。)
それは、人間不信に陥った麻保がこの絶望の中で見出した、自分を肯定する方法だった。
――悲痛な決心を胸に、麻保はデス・ゲームの中へ一歩を踏み出した。
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