11:反乱宣言


 悲痛な表情でうつむいている者、涙目で出て行く者。
 皆それぞれの反応で、出発は容赦なく続いた。
 そして―――署名を拒否する者は、いなかった。
「・・・・・・次、男子5番、神山良樹君。」
(っ・・・くそ・・・・・・!)
 龍哉は唇を噛んだ。
 クラスメイトが次々と殺し合いに行かされていると言うのに、何もできない自分が腹立たしかった。
 できなくて当然なのだし、実際逆らって殺されかけてもいたのだが――無力感は消えなかった。
(俺は・・・・・・こんな奴相手に、じっと見てることしかできないのか・・・!?)
 机の下で握り締めた拳に爪が刺さり、鋭い痛みが走った。
(くそぉっ・・・・・・!)
 こんなゲームを考え出した政府に。
 それを、自分たちや毎年50クラスもの生徒達に押し付ける、高橋のようなプログラム教官に。
 そして――自分の親も含めて、それをやめさせることもできない、いやそれどころかやめさせようともしない、全ての無力な大人に。
 ありったけの怒りをぶつけた。
(・・・大人なんか、信用しない。俺はこれを抜け出して、いつか復讐してやる・・・)
 心に決めて顔を上げると、こちらを見ていたらしい高橋と目が合った。
 無表情に近かったその整った顔に、すぐに笑みが浮かんだ。
 ちなみに、龍哉の両親は政府に抗議を試みて、鉛弾を何発か受け取る羽目になっていたのだが――当然、龍哉の知りうることではなかった。
(この、クソ野郎。絶対に復讐してやるからな・・・!)
 睨み付けると、高橋は笑みを深くして言った。
「女子5番、香坂実亜さん。」
 親友、藤堂健也の彼女だ。
 実亜は、引きつった顔で立ち上がり、前へ出た。
 健也の方を見ると、額に汗を浮かべてはいたが、口元は不敵に笑んでいた。
「はい、どうぞ。」
 チョークを手渡され、実亜はびくっと肩を震わせた。
 震える手でチョークを持ったまま、戸惑ったように立ち尽くす。
(香坂・・・)
 龍哉は不安げに目を細めた。
(――無理もない、香坂はそんなに強い娘じゃない――)
 実亜は、健也を知るものからすれば、何でこんな娘とつきあっているのか疑問に思うほど普通の女子だった。
 やや幼い顔立ちで、まあ標準よりは可愛らしい方だが、目立った美人、と言うほどではない。
 性格は優しく女の子らしいが、か弱い、守られるのに慣れているようなタイプだ。
 剣道部のエースで(弱小だった部を全国まで連れて行ったほどの実力者だ)性格的にもしっかりした健也とは、あまりに不釣合いな感じがした。
「・・・香坂さん?」
 高橋の声に、再びびくっと身を縮め、実亜は振り向いた。
(健也くん――)
 涙で潤んだ大きな瞳が、間違いなくそう言っていた。
「実亜、とりあえず名前書いとけ。」
(――――――健也!?)
 健也は落ち着いた様子で、きっぱりと言った。
 あわてて龍哉は高橋に顔を向けたが、彼は目を細めただけで、何も言わなかった。
「俺が行くまで、どこかに隠れてろ。武器はここから逃げた後で、必要になるかもしれない。だからもらっておいたほうがいいだろ?」
(健也――。)
 今度は感激して、心の中でその名を呼んだ。
「なるほど、君はここから逃げ出すつもりなんですね?」
「・・・当然だろ。」
 不敵に笑んだ健也に、高橋も笑みを返す。
「残念ながら、それは無理です。言ったでしょう?・・・その首輪には、爆弾が仕掛けてあります、って。ここに攻め込むことはもとより、逃げ出すことも不可能なんですよ。位置もこれでわかりますから、島の外へ出ようとした場合は爆破すればいいだけです。逃げる方法があるとすれば――」
 言葉を切って、高橋はわざとらしく肩をすくめた。
「それを、外してみることですね。なんでも、ラジオを分解する程度の道具と技術でバラせるらしいですよ――少しでも間違えれば、ドカン、ですけど。」
「・・・・・・わかった。後でやってみるよ。」
 ややふざけた調子で健也は答えたが、声は硬く、頬には汗が伝っていた。
「さ、続けましょう。香坂さん、どうぞ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 相変わらず脅えた様子だったが、先程よりは落ち着いて、実亜は署名した。
「はい・・・・・・結構です。逃げ出すつもりなら、十分に気をつけてくださいね。」
 三度びくっと反応し、おそるおそる小さくうなずいてから、実亜は教室を後にした。
「――藤堂君も、注意は怠らないようにしたほうがいいですよ――。」
 余裕しゃくしゃくの態度で高橋は言い、やはり意地悪な笑みを浮かべたのだった。

 二分ずつの間隔を置き、生徒たちは次々と教室を出て行き――ついに、健也の番が来た。
「男子10番、藤堂君。」
 健也は静かに立ち上がり、前へ進み出た。
「・・・署名・・・しますか?」
「ああ、する。でも――」
 珍しく、にやりと人の悪い笑みを浮かべて、健也はつづけた。
「俺は嘘つきだから、殺し合いをする気はないけど署名する。逃げるための武器を手に入れるために、な。・・・・・・問題あるか?高橋センセ。」
 高橋は苦笑し、
「いえ・・・ありませんよ・・・・・・。」
 言ってチョークをわたした。
「みんな、一緒に逃げたかったら俺を探してくれ。俺は絶対、逃げる方法見つけてみせるからな・・・」
 名前を書き終え、振り向くと、ひらひらと手を振り、健也は立ち去った。
「・・・全く・・・面白い人がいるもんですね・・・・・・」
 くっくっくっ、と笑いを漏らして、高橋は黒板に向かった。
「藤堂君は、殺し合いには不参加、ということで。」
 高橋は黒板消しを手にして健也の名前を消すと、再び生徒たちに向き直って言った。
「・・・逃げるつもりの人は、署名してもらわなくて結構です。宣言してくれればデイパックはわたしますので。・・・ただし、その場合はしっかりマークさせていただきますけど――ね。」
 笑んだままで告げる高橋を見て、龍哉は心の中でつぶやいた。
 ――悪魔――。


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