9:運命の示す結末


「――二分経ちました・・・男子1番、池田君。」
 池田勇(男子1番)は慌てて立ち上がり、小走りで前に出た。
「はい、署名してください。」
「えっ、おっ俺・・・・・・」
「嫌なら結構ですよ・・・・・・武器を持ってる人に遭遇しないことを祈ってます。」
「・・・・・・っ!」
 カカカッ!
 勇はにこにこ顔の高橋からチョークをひったくり、乱暴に名前を書いた。
「はい、どうぞ。」
 差し出されたデイパックを、これも乱暴に引ったくって勇は早足で部屋を出た。
(・・・・・・勇・・・!なんで署名なんかするんだよ・・・やる気になってると思われるかもしれないんだぞ・・・!)
 龍哉は泣きたい気持ちだった。
 仲が良くないとはいえ、クラスメイトが目の前で殺されたと言うのに平気な顔の夜深。  殺し合いをする、なんて署名に応じた勇。
 信じられなかった。
夜深のことはよく知らないが、勇はサッカー部の二番手と言われる男で(一番は龍哉の親友・矢野義幸)、龍哉も結構仲が良いほうだ。こんなゲームに乗るような奴ではない。スポーツマンらしい、さっぱりした奴だった。
 その勇が、殺し合いをする、なんて。
 龍哉には、武器がもらえないからといって、あんな署名に応じる気はさらさらなかった。
 確かに武器があるのとないのでは安全度が違うが・・・それは、みんなを疑っているということだ。
(お互い信じられなくなったら、高橋の思うつぼだ・・・・・・)
 龍哉は、最も疑心暗鬼にかられそうな状況で、皆を信じようとしていた。
 確かに自分が一番かもしれない、だが、進んで殺そうとする者がいるわけがない――自分が殺されそうにならない限り、他人を裏切ることはしないだろう。
 脱出を考える限り、信じることに危険はない。
(この署名は、みんなはやる気だと思わせるためのものだ。俺たちを疑わせるためのものだ。――俺はそんな手にはのらない・・・!)
「はい、二分です。次は女子1番――」
 パンッ、パンッ!!
 外から、音が――先程の高橋の銃と同じ音が、した。
「おやおや、早速始まっているようですね・・・。」
 ――全員が、蒼白になっていた。

 池田勇は、かなりあせっていた。
(俺の前は、あの流川夜深だ、待ち伏せされてもおかしくない。それに・・・・・・襲われたら、俺に勝てるのか・・・?)
 足の速さには自信があったが(矢野以外は追いつけないだろう)、ケンかはからきしだ。
 一度、水戸洋平の部下にからまれ、必死で逃げ出したことがある。
 しかし流川はその不良どもでさえ簡単に倒してしまったらしい、女だからといって油断はできない。
 その点、彼は不良たちより利口だったのかもしれない。
 だが、油断しなかったからといって、勝てるとは思えなかった。
 だからこそ彼は武器を受け取ることにしたのだ。
(・・・そうだ、武器・・・!)
 玄関に近い所で辺りを見回し、兵士が一人もいないことを確かめた。
(・・・今のうちに。)
 しゃがみこんでデイパックを開ける。
 中を探ると、パンやペットボトルの奥に、銃が入っているのをみつけた。
(銃――――これなら・・・!)
 急いで取り出し、一緒にあった紙にざっと目を通す。
 装弾の仕方、撃ち方――重要だと思われる部分だけを頭に入れた。
 ゆっくりしている時間はない、次に来るのは不良グループの相原麻保だ。
 震える手で弾を込め、説明書などをデイパックにしまう。
 もちろん、予備マガジンへの装弾も忘れなかった。
(よし・・・・・・これで、なんとか・・・・・・矢野は離れすぎてるが・・・だれか、仲いい奴が来るまで待てばいい・・・生き残れるぞ!!)
 万歳でもしたい気持ちだった。
 頼りになる仲間さえみつけられれば、銃があれば、高橋たちを襲うこともできる・・・!
 勇は、銃が当たったことで舞い上がっていた。
 それで、ゲームに乗ると考えなかっただけ、マシかもしれないが。

   たたっ。
 外は夜。
 玄関から出て、勇は辺りを見回した。
(流川――どこだ。)
 勇は、夜深が待ち伏せをしているものだと、完全に確信していた。
 ――そして。
 ざっ・・・。
 わずかに砂埃をあげ、夜深は姿を現した。
「やっぱり待ち伏せしていやがったか・・・」
 小さくつぶやき、勇は笑んだ。
 その手に握られていたものを見て。
 ――ダーツの矢。
 そんな物を旅行に持ってくるわけがない。それが、彼女の支給武器なのだろう。
「・・・っはは。いいもんもらったな」
 嘲るように言って、銃を向ける。
 グロック17。
 強化プラスチックを多用した、さして大きくも重くもない扱いやすい銃だ。
 撃った経験のない勇にも、容易に扱えそうに思えた。
(待ち伏せしてたってことは、やる気ってことだ・・・他の奴らのためにも、殺しとくべきだ。俺は悪くない――)
 自分で自分に言い訳して、殺人への禁忌を追い払う。
「悪く思うなよっ!」
 叫んで、引き金に指をかけた。
 安全装置は外れている。
(・・・・・・ためらうな。撃つんだ。)
 わずかに震える手に力を込め、勇はぎゅっと目を閉じた。
 ――それが、彼の運命を決めた。
 パンッ、パンッ!!
 ――――――。
 おそるおそる目を開けると、そこに夜深の姿はなかった。
(・・・えっ?)
 勇が目を閉じた隙に、夜深は右(勇から見て左)へと走っていたのだ。
「なっ・・・!?」
 視界の左端にその姿をみつけ、勇は恐怖を覚えた。
(なんでこいつ・・・なんで・・・!!)
 恐怖のままに向きを左に変え、引き金を引いた。
 パン、パン、パン。
 頭の高さにせまる銃弾をしゃがんで避け、夜深は地を蹴った。
「うわああああああっ!!」
 パン、パン。
 まるで弾が見えているかのような動きで、夜深は勇に迫る。
「11、10・・・」
 その呟きを、勇は聞いていなかった。
「来るなあああああっ!」
 パン、パン、パン。
「9、8、7。」
 小さく呟きながら、夜深は間合いを詰めてくる。
(落ち着け、あんなもので殺せるわけがない・・・それに、弾はまだまだ残ってる・・・!)
 パン、パン、パン。
「6、5、4。」
 パン。
「3。」
パン。
「2。」
「ひいいいいいいっ!」
すでに一メートルほどに迫った夜深に、勇は銃口を向けた――錯乱に近い状態だったため、ちゃんとポイントできていなかったが、とにかく。
 パンッ。
「1・・・」
 パンッ。
「ゼロ・・・!」
 スカートの裾が上がるのも気にせず、夜深は鋭い蹴りを繰り出した。
「ごふっ・・・・・・」
 吹っ飛びながら、ほとんど無意識に引き金を引く。
 ガチッ。
「な・・・!?」  弾は、出なかった。
「弾切れだよ」
 前屈みで踏みとどまった勇の右腕が強く引っ張られ、勢いよく倒れかけた身体に拳が迫った。
 みぞおちに、一撃。
「っぐ・・・!」
 カウンターのような一撃で、勇の意識は飛んだ。
「弾、数えてなかったようだな・・・」
 夜深は勇の体をうつ伏せに地面に落とした。
 ――そして。
 ドッ・・・。
 右手に持った矢を、首筋に突き刺した。
 反動で勇の体が少し動き、それから血が一筋だけ、流れ落ちた。
「ダーツの矢ってのは結構鋭いんだ。知らなかったか?」
 もはや返事もできないその骸に、夜深は語りかけた。
「それに――あたしは、素手でも人を殺せるし、な」
 その端正な顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。

                   男子1番 池田勇死亡 残り38人


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