12:狂気の銃声


「・・・・・・・・・・・・」
 健也は無言で廊下を歩く。
 教室を出たところで、旅行用に用意した自分の荷物をわたされ、今はデイパックと旅行鞄、両方を抱えている。普段から運動している健也にさえかなりの重さなのだから、女子や帰宅部の者はマトモに動けるかさえ怪しいだろう。
 例えば―――実亜。
 帰宅部の実亜は、いつも武道場の外で部活が終わるのを待っていてくれた。
 それこそ雨の日も、風の日も。
 そんな、優しい娘だったのだ。こんな殺し合いに参加できるようなヤツじゃない。
(・・・実亜、頼む。待っていてくれ・・・!)
 神など信じてはいないが、このときばかりは神にすがりつきたくなった。
 ・・・実亜を不安にさせないため、明るく振舞ってはいたが、健也はもともとそんなタイプではない。
 むしろ、無口でクール―――龍哉と善幸の歯止め役、といったところか。
 ―――こんな状況でも冷静であることができる者は・・・そう多くはないだろう。
 そう考え、早也の二の舞となる者を出さないために、わざとあんなことを言ったのだ。
『一緒に逃げたかったら、俺を探してくれ―――。』
 逃げ出す方法など思いつかなかったが、とりあえずそれが、思いつくかぎりの行いだった。
 その言葉を疑い、自分を「やる気」だととる者もいるだろう。だが、応えてくれる者もいるはずだ。
(自分以上に頭が切れるやつなど、いくらでもいる。何人も集めれば、いい方法は見つかるだろう―――。)
 池田勇同様、少々甘い考えではあったが、健也は彼とは違い、冷静に行動していた。そして、現段階で考えられる方法は他にないと判断しての行動だった。
(とりあえず―――実亜が最優先だ。あいつは俺が守らないといけないんだ・・・)
 重い二つの鞄を背負いなおして、健也は長い廊下を歩き続けた。

(・・・菊乃、早く・・・)
 女子委員長の坂本有衣(女子8番)は、物陰に隠れて入り口をじっと見つめていた。
 彼女もまた、ここからの脱出を考え、すぐ後に出てくる佐川菊乃を待っている。
 信用できる者なら、男女問わず仲間になるつもりでいた。
 男子9番の田上早也が殺されたため、有衣の次は、女子が続いて菊乃になっていた。
(菊乃・・・くじなんか引かされて、きっと怖がってる。池田君の死体なんか・・・見ちゃったら・・・)
 思わず死体に目が行きそうになり、あわてて目をそらす。
 見ていて気持ちいいものではない。当たり前だが。
(・・・菊乃・・・きっと自分のせいだって攻める。自分が流川さんを最初にしたからだって・・・そんなのかわいそすぎる・・・!)
 菊乃は、他人に対する気配りに長けた娘だった。いつも何より他のみんなを気遣う、自分なんかよりずっと委員長にふさわしい娘。
 有衣から見た菊乃は、そんな感じだ。
 だからこそ、勇の死には責任を感じるだろう。それは・・・それはあまりにも、可哀想だった。
 ―――ざっ。
 スニーカーが土を踏む音に、有衣は顔をあげた。
 玄関から一歩踏み出して立ち尽くすその姿は、間違えようもなく、佐川菊野だった。
(菊乃・・・)
 声をかけようとして、有衣は硬直した。
 立ち尽くした菊乃の視線の先には―――池田勇の、死体があった。
「・・・池田くん・・・」
 つぶやきは、有衣の耳にも届いた。
(き・・・菊乃・・・?)
「池田君、あたしのせい・・・ごめんね、あたしのせいで・・・。」
 月明かりをわずかに受けたその顔には、笑みが浮かんでいた。
「あたしが悪いのよ、あたしが悪いのあたしのせいなの」
(菊乃っ・・・どうしたのよ・・・!?)
 異変に気づいてはいたが、声が出ない。体も動かない。
「あたしが殺したのよぉぉっ!!!あたしがぁぁぁぁ!!!」
 絶叫しながら菊乃は両手を――両手に握った「何か」を、勇の死体に向けた。
「あたしが、殺したぁぁぁっ!」
 ドン。
 先ほどとは違う、重い銃声が響いて、暗い校庭に紅い飛沫が舞った。
(―――――――――――何?)
 有衣は目を見開き、へたりと腰を落とした。
 菊乃は、硝煙を立ち昇らせるリボルバー――スミス&ウエスンM19・357マグナムを握りしめたまま、どこへともなく駆け出していた。

(・・・銃声!?)
 健也は一瞬立ち止まったが、すぐに我に返って走り出した。
(・・・かなり近かった、実亜が待っててくれたとしたら―――)
 嫌な予感を胸に、玄関へと急ぐ。

「・・・実亜っ!?」
 茂みごしに聞こえた声で、有衣は我に返った。
(―――藤堂くんだ!!)
 がさっ、と茂みが鳴るのも気にせず、有衣は立ち上がった。
「藤堂くんっ!!」
「・・・坂本?」
「藤堂くん、菊乃が・・・菊乃がぁっ!!」
 いつのまにか、両目は涙に濡れていた。

 ドン。
 重く響いたその音は、もちろん龍哉たちのいる教室にも届いていた。
(また・・・!?そんな・・・嘘だろ・・・!?)
「・・・今度は誰でしょうかね・・・。」
 能天気なつぶやきも、もう龍哉の耳には届かなかった。



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