13:再会への誓い


「・・・・・・落ち着いたか、坂本?」
 とりあえず、今まで有衣の隠れていた茂みに二人で隠れ、健也は有衣の肩を押さえて座らせた。
「・・・藤堂くん・・・あのね・・・」
「・・・・・・?」
「菊乃・・・さ、藤堂くんのこと、好きだったんだ・・・。」
「・・・えっ!?」
 いきなり何を、という表情の健也に、有衣は力の抜けたような微笑を浮かべ、
「結構最近だけど・・・あたしに言ってくれたの。藤堂くんには実亜がいるけど、でも大好きなんだ・・・って。だからあたし、菊乃と一緒に藤堂くんを待って、仲間にしてもらおうって・・・思って・・・」
 言いながら、両目に涙があふれ、頬へと伝い落ちた。
「・・・菊乃・・・っ!」
「・・・坂本・・・あのさ」
 ややためらいがちに、健也は口を開いた。
「佐川・・・勇を撃ったんだよな・・・」
「・・・うん。ちょっと・・・なんか・・・気が、狂ってたのかもしれない・・・叫びながら走ってった・・・。」
「だとしたら」
 有衣が顔を上げると、健也は眉をひそめて、校舎から見て正面の林を見ていた。
「佐川の前に、何人か出てる。まさか全員が、ってことはないだろうけど、勇・・・の、死体を見て狂ったり、怖がったりしてこれに乗る奴がいるかもしれない」
 死体、と言い切ることには少し躊躇したが、そしてとても嫌な仮定だったが、なんとか続けた。
「勇は殺された。殺した奴がいる。・・・多分、流川だろうけどな・・・。そう思ったら、気が弱い奴はきっと思う、『みんな、自分も殺そうとする』・・・ってな。佐川がそんな奴に間違って発砲でもしたら・・・狂って正常な判断ができなくなっているとしたら、返り討ちにされるかもしれない」
「・・・・・・!!」
 有衣は息を飲み、蒼白な顔で健也を見上げた。
(・・・でも・・・俺は・・・)
 罪悪感を押し殺そうと、健也は目を閉じて息をつく。
「・・・坂本、悪いけど俺・・・」
 一瞬だけ、有衣の顔が不安げに歪む。
 だが、彼女はすぐに気丈な(否、気丈そうな)笑みを作った。
「・・・菊乃、もし会ったら守ってあげてね。・・・実亜が妬くかもしれないけど。」
「えっ・・・?」
「実亜――探しに行くんでしょ?あのこ、結構弱いから、藤堂くんがいないとダメよ・・・あたし、ここで、出来るだけ仲間を集めてみるから。脱出の方法が見つかったら・・・」
 健也は気づいた。
 スカートの上で握り締めた有衣の手が、わずかに震えていることに。
(・・・坂本・・・)
 いつも、自分の我よりクラス全体のことをしっかり考え、行動する委員長。
 男子委員長の秀人よりも頼りになる、しっかり者の委員長。
 今も、震えるほどに怖いのに、誰か居てほしいだろうに、口には出さずに実亜や菊乃のことを心配している。
「坂本・・・・・・」
「あたしは大丈夫だから。実亜、探しに行って・・・・・・。」
 健也は沈黙し、目を伏せた。
「・・・坂本、ありがとう。絶対・・・逃げ出す方法、見つけてやるからな・・・。」
「うん・・・そしたら、あたしも連れてってね・・・」
「ああ・・・」
 うなずき、健也は立ち上がった。
「じゃ、坂本・・・また会おうぜ。」
「うん。絶対、会おうね・・・!」
 デイパックを持ち上げ、立ち上がろうとして――もう一度、有衣を振り向いた。
「・・・坂本、お前の・・・武器は、何だった?」
「えっ・・・あ、まだ見てない・・・」
 答えて、有衣はデイパックを開けた。
「・・・これ・・・これだ・・・。」
 自動小銃、コルト・ガバメント。それほど大きいわけではなかったが、それでも有衣の華奢な手には余りあるように見えた。
「・・・銃か・・・それなら、平気だな。」
 小さく息をついて、きびすを返す。
「藤堂くん!・・・これ、持って行って。・・・あたしより上手く使えるだろうし・・・」
「いや、それは坂本が持っていてくれ。俺は・・・これがある。」
 そう言って健也は、右手を持ち上げた。
「―――日本刀・・・?」
「そうだ。・・・俺には、こっちのほうが使えるだろうからな・・・」
 なかなか長さのあるその日本刀は、剣道の竹刀や木刀のように、彼に自然に似合っていた。
 ・・・人を殺す道具であるという点をのぞけば、だが。
「・・・わかった。気をつけてね・・・。」
「ああ・・・坂本も。」
 言うと、健也は立ち上がり、きびすを返した。
 二つの鞄を持ち上げ、校舎を背にして歩き出す。
(・・・藤堂くん・・・本当に、絶対に死なないでね・・・!!)
 結局、胸に秘めた想いは告げず。
 有衣は彼の背中を見送った。

(坂本・・・本当に、ごめん・・・)
 いまだ消えない罪悪感を抱き、重い足を引きずるようにして、健也は校舎から離れていく。
(・・・だけど俺、やっぱり実亜を守りたいから・・・。)
 ぐっと握り締めた右手。
 そこには、クラスメイトを殺すための刀が、握られている。
 それがどうしようもなく嫌だったが、実際、狂った者がいた。
 他にもいるかもしれない。
 そして、少なくとも一人―――流川夜深は、自分の意思でこのゲームにのっている(彼女が狂ったり脅えたりするなんて、とても思えない)。
 やはりこの刀も、有衣の銃も、必要なものではあった。
 とくに、高橋たちへの襲撃を考えるなら。
(・・・俺は・・・実亜も、坂本も・・・みんな連れて、ここから逃げ出してやる。絶対だ!)
 改めて決意し、日本刀を握り締めた。
 ―――――刹那。
 パァンッ・・・・・・!
「・・・・・・っ!?」
 乾いた音が響き、左の二の腕に痛みが走った。
 冬服、ブレザーの袖が裂け、肌とともに赤いものが見えた。
(なんだ・・・!?)
 反射的に振り向くと、割と離れた校舎の入り口前に、セーラー服の姿が見えた。
(・・・神月か・・・!?)
 次に出てくるのは、優等生の部類に入る、神月十夜(女子10番)のはずだった。
 十夜は、成績優秀でスポーツも得意な、周囲からうらやまれる少女だったが、物静かで、他人に興味が無いようで、一人でいるのがほとんどだった。
 ―――このゲームに乗った公算は大きかった。
(・・・くそっ・・・!!)
 舌打ちし、ばっと背を向けると、健也は駆け出した。
パンッ、パンッ。
(・・・追って来い、坂本には気づくな・・・!!)
 振り向く余裕はなく、断続的な銃の音から必死に逃げた。
 林に飛び込み、木々を上手く利用して、ひたすらに逃げ回った。
 ―――しばらくして、銃声が止んだことに気づいて辺りを見回すと、すでに林の奥まで入り込んでいた。
 ・・・有衣が実亜を見ていないとわかり、一応周辺を探してみるつもりだったが――それも、もう不可能だった。

   また、銃声が、今度は数回聞こえた。
(また・・・しかも、今度は・・・)
 龍哉は思った、今度のは時間的に、健也である可能性が高い・・・。
「・・・藤堂くんかも、しれませんねぇ・・・」
 高橋は龍哉のほうを見ながら、言った。
 龍哉は気づいていなかったが、後ろのほうの席で、義幸も蒼白になっていた。
(・・・健也・・・・・・!!)
 祈るように頭を垂れ、胸のうちでつぶやく。
 ―――どれくらい、そうしていただろう。
 龍哉は、何度目かの点呼の声に、はっと我に返った。
「女子12番―――」
 それはつまり、男子13番の龍哉が次に出発することを示していたが――そんなことは、どうでも良かった。
「九十九、沙希さん。」
 かたん。
 沙希が震えながら立ち上がり、高橋が笑みを深くした。


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