14:高潔なる罪悪
「・・・あ・・・」
沙希が、小さく声を漏らした。
「さぁ、九十九さん・・・」
高橋の視線は沙希に向いていたが、明らかに龍哉の様子を伺っていた。
(―――面白がっている。)
何となくだが、龍哉は思った。
(・・・高橋・・・っ!)
今、自分の愛するものが殺しあいに行かされようとしている。
しかし、自分はそれを止めることはできない・・・!!
その怒りを、心の中で高橋にぶつけた。
「・・・署名、しないんですか?」
わざとらしく不思議そうな表情をつくって、高橋は沙希の顔を覗き込んだ。
(―――止めることはできなくても・・・俺の順番は沙希のすぐ後だ。一緒に逃げ出すことならできるはずだ・・・少なくとも、一緒にいることくらいは・・・!!)
そう、 健也が、そうしたように。
―――当然龍哉は、健也が実亜に会えずに立ち去ったことなど、知るよしも無かった。
(・・・沙希。)
心を決め、声をかけようとした時。
「新田くん・・・九十九さん一人では決められないようなので、アドバイスでもしてあげてください。」
「・・・っ!?」
「・・・さ、早く進行したいので・・・」
意外な言葉だったし、高橋の真意は分からなかったが―――とにかく、このチャンスはありがたかった。
龍哉はすっと立ち上がり、沙希に歩み寄って肩に手を置いた。
「・・・龍哉くん・・・あたし・・・」
「沙希、ここを出たら、俺が来るまで待っていてくれ・・・大丈夫、たった二分だ。それに、藤堂たちもいるかもしれない・・・一緒に、逃げ出そう。」
「・・・・・・。」
沙希はうつむいていたが、決意したようにうなずいた。
「・・・」
龍哉はほっとして、手を下ろした。
「・・・じゃ、九十九さんも脱出希望、ということで・・・良いですか?」
笑顔の高橋にしっかりとうなずき、沙希はデイパックを受け取って教室を出た。
(・・・良かった、落ち着いたみたいだ・・・。)
見かけによらず芯の強い、いつもの沙希だ。
龍哉は安心して席に戻った。
―――月光に照らされた校庭。
玄関から一歩踏み出し、沙希は辺りを見回した。
(・・・藤堂くん・・・いない・・・。)
と言うことは、実亜とは会えなかったのか。
不安になったが―――沙希には、やることがあった。
(・・・龍哉くん・・・ごめんね・・・。あたし、龍哉くんに守られる資格なんかないから・・・)
「沙希・・・!!」
横手から声がかかり、沙希はあわててそちらを向いた(武器を向けたいところだが、デイパックにはいっていたのは新体操のリボン、向けても意味は無さそうだった)。
―――女子委員長、坂本有衣。
それに、病弱で二つ年上の関明日香、その二分前に出発した戸川良介(男子11番)、そして、沙希と同じ出席番号の、茶道部部長・戸塚一の姿があった。
「有衣?それに明日香さん、戸川くん・・・戸塚くんも・・・」
「沙希・・・私たち、逃げようと思って・・・」
「九十九さん、新田くんを待つんだろ?新田くんも一緒に逃げる方法考えようよ・・・!」
四人の姿は沙希を安堵させたが、しかし沙希はうなずきはせずに―――背を向けた。
「・・・沙希・・・!?」
有衣の悲痛な声には決心が揺らぎかけたが、両手をしっかり握り締めて堪える。
「ごめんね・・・あたしは、そんな資格ないの・・・龍哉くんが助けを求めてたのに、あたしは・・・龍哉くんを裏切ったんだから・・・!!」
フラッシュバックする記憶。
助けを求める彼から目をそむける自分。
他人事のように、その映像は沙希の脳裏に焼きついていた。
「・・・沙希、そんなこと・・・あたしたちだってそうだよ!!新田くん、そんなこと気にしてない・・・藤堂くんも、実亜たちを探して一緒に脱出するって言ったのよ!沙希がいないなんて・・・」
「龍哉くんが許してくれるかどうかなんて、関係ない・・・あたしがあたしを許せないのよ!!」
叫んで、それきり振り返らず。
沙希は、駆け出した。
―――沙希ィ―――!!
有衣の声が聞こえた気がしたが、沙希は走り続けた。
「次、新田くんです。」
高橋は署名の意思を訊くこともせず、龍哉にデイパックを手渡した。
無言でそれを受け取り、龍哉は歩き出す。
―――すでにそこにはない、沙希の姿を求めて―――。
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