15:それぞれの運命
「・・・っ、新田くん・・・!!」
最初に耳に入ったのは、有衣の泣きそうな声だった。
やや面食らった様子で、龍哉はそちらに向かう。
「・・・坂本・・・?どうしたんだ・・・?」
「新田くんっ・・・」
「・・・沙希・・・は?」
「・・・・・・っ」
有衣は、ぎりっ、と奥歯を噛みしめた。
(・・・龍哉くん・・・)
弱音を吐きそうになり、沙希はあわてて歯を食いしばる。
甘えるわけにはいかないのだ。龍哉がいなくても、その存在にさえ、甘えることは許されない。
そう、沙希は自分に戒めていた。
(・・・あたしは龍哉くんを裏切ったんだ・・・一緒に脱出するなんてこと、夢見ちゃいけないのよ・・・あたしは、それだけのことをした・・・。)
暗い森の中を、ほとんど木々にさえぎられたわずかな月明かりだけを頼りに、ひたすら歩く。
どこまでも。
―――沙希は、運命に賭けることにした。
(もし、偶然にでも龍哉くんに会えたら――そして龍哉くんがあたしを信用してくれたら。)
そのときは、彼について行く。
その前に死ぬのなら――それは、彼を裏切った自分に対する、罰。
そして、彼が自分を殺そうとしたとしても。
(それが運命なら、あたしはそれを受け入れる。)
悲痛な、決心。
愛する人を裏切った自分に対する、戒め。
暗い森を、沙希は一人きりで歩き続けた。
「・・・沙希・・・あいつ・・・」
その場に座り込んで、龍哉はつぶやいた。
もし、沙希がもっと弱い娘だったなら、罪悪感はあっても龍哉に頼ることを選んだだろう。
皮肉にも、沙希の芯の強さが、彼女を一人にしたのだった。
(沙希・・・俺はあんなこと気にしちゃいないのに・・・)
龍哉は泣きたい気持ちで膝に顔を埋めた。
「・・・新田くん・・・ごめんね、あたし、沙希を止められなくって・・・」
有衣に声をかけられ、龍哉ははっと我に返った(彼が落ち込んでいる間に、同じ出席番号の長柄陽香は走り去っていた)。
「そうだ・・・坂本、健也は!?健也と・・・香坂はどうしたんだ!?」
有衣のもとにはすでに四人が集まっていたが、その中に健也の姿はなかった(ちなみに有衣以外の三人は、校舎前を見張っていた)。
「藤堂くんは・・・あたしが来た時にはもう、実亜はいなかったの。それで、実亜を探しにいったわ・・・」
有衣は、少し哀しそうに言った(龍哉は気づいていなかったが)。
「・・・香坂、待ってなかったんだな・・・わかった、ありがとう。」
言うと、龍哉は立ち上がり、デイパックと旅行鞄を持ち上げた。
「!!新田くん・・・!?」
「悪い、俺も沙希を探しに行く。・・・健也も、な。」
にっと笑み、有衣の肩に手を置く。
「坂本は、皆を集めてくれ・・・脱出する方法、絶対見つけてくるから」
瞬間、不安そうだった有衣の表情が、笑みに変わった。
「・・・藤堂くんも、同じこと言ってた」
「ええっ!?」
おかしそうに笑い、今度はしっかりと龍哉に微笑む。
「わかったわ。あたしはあたしにできることをする。龍哉くんは、先に行った皆をよろしくね。」
「・・・絶対、また会おうな・・・!」
「・・・それも、藤堂くん言ってたよ」
「・・・・・・・・・」
有衣が笑い、龍哉は苦笑する。
普段の学校生活を思わせる、平和な雰囲気だった。
龍哉はわずかに安堵した。たとえそれが、一時のものにすぎないとしても。
「じゃ・・・気をつけて」
「坂本も、な・・・みんな集めて、なんとか逃げる方法考えようぜ!!」
「うん・・・!!」
それから龍哉は振り返り、校舎の方を見ている三人に声をかけた。
「戸塚・・・明日香さんと坂本、しっかり守ってやれよ!」
「そっちこそ、ちゃんと九十九さん見つけてあげるんだぞ。」
「わかってるよ!」
茶道の家元の一人息子という肩書きには似合わず、運動もできる戸塚一。
「新田くん、本当に気をつけてね・・・」
二つ年上なだけあって落ち着いた感じの、病弱ではあるがしっかりしている、関明日香。
「俺たち、待ってるから・・・!」
一と同様茶道部に所属する、地味で目立たないが人の良さは保証つきの、戸川良介。
そして、皆を集めるだけの人望を持つ、しっかり者の委員長。
この四人なら、ここに待っているのも大丈夫だろうと、思えた。
「―――じゃ、また後でな・・・」
軽く片手を上げ、龍哉は立ち去った。
――彼は、完全に忘れていた。
一たちの声を無視して走り去った長柄陽香の次に出てくるのが、誰なのか。
龍哉が去った少し後、校庭に、ある種特徴的な音が響いた。
『タタタタッ』
連続して響いたそれは、映画や何やらで聞いたことのあるマシンガンのような音だった。
男子16番、水戸洋平。
この辺り一帯の不良を統べる、ワル達の王とも言える者。
彼は、両手でアサルトライフル(AK47―――テロリストの銃として名高いカラシニコフだ)を支え、玄関から出てきた。
なるべく多くのクラスメイトを救いたいと思っていた有衣も、さすがに一瞬ためらったが
――そうでなければ、すぐに撃たれていただろう。
洋平は、四人の潜む茂みからの微かな音を聞き―――次の瞬間には、迷わず撃っていた。
タタタタッ
「―――っ!?」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
あわてて四人は立ち上がり、その場を離れる。
真正面から向かい合う洋平は、笑みさえ浮かべてこちらを見ていた。
「水戸くんっ!?なにやって・・・」
タタタタッ
「!?」
洋平は銃を下ろす素振りさえ見せず、四人に向かって撃つ。
狙いが甘いのか、あるいはわざとなのか、銃弾は四人には一発も当たってはいなかったが。
「・・・っ・・・有衣さん、とりあえず逃げよう・・・!!」
「戸塚くん・・・でも、そしたらみんなと・・・」
「死んだら元も子もないだろう!生きていれば、チャンスは必ずあるはずだ!」
一の支給武器はイングラムM10サブマシンガン、十分に威力のある武器だったが、彼は誰も殺さないと誓い、弾丸を入れてさえいなかった。
「・・・わかった・・・!!明日香!!」
「うん・・・」
有衣が明日香の手をとり、先導する一について駆け出す。
後ろからは、防弾チョッキを着た(女子二人のどちらかに譲ろうとしたが、聞き入れてもらえなかったのだ)良介が続く。
タタタタッ
銃声はその後何度か聞こえたが、しばらく林の中を走っているうちに止んだ。
「・・・逃げ切ったみたいだな・・・」
一がつぶやき、体の弱い明日香は地に膝をつく。
良介も、安堵の溜息を漏らして座り込んだ。
(・・・藤堂くん・・・新田くん・・・約束、守れなかったよ・・・!!)
瞳にうっすらと涙をにじませ、有衣はうつむいた。
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