16:消された真実


 点呼は容赦なく続き、ついに最後の一人が呼ばれた。
「男子20番、山本信幸君。」
 信幸は、自分と高橋以外に誰もいなくなった教室をぼーっと見回し、それから黒板へと向かった。
 出発順に並んだ名前。抜けているのはわずかに七人、健也、龍哉、一、沙希、明日香、義幸、それに鯊谷聖戯(男子18番)。
 信幸も、放心した様子でそこに記名した。
 デイパックを受け取り、無言で教室を出る。
 その間、高橋は彼の背中にじっと目を向けていた。

 ・・・チャッ。
 微かな金属音とともに扉が開き、パソコンだらけの部屋に高橋が入ってきた。
「やっと全員行ったみたいね」
 艶っぽいがして目を向けると、そこには女が――いや、美女が、ティーカップを手にして座っていた。
 ゆるやかなウェーブのかかった、明るい栗色の髪。笑みに歪んだ深紅の唇。
 大概の男なら魅入ってしまうほどの美女、彼女こそ、本来三年A組と修学旅行に行っていたはずの担任、綾峰麗乃だった。
「・・・綾峰先輩」
 シュッ。
 その手からペンが放たれ、狙いたがわず高橋の額に命中した。
「・・・っ・・・」
「あんたなんかの先輩になった覚えはなくってよ。」
 額を押さえてうつむく高橋に言い放ち、紅茶をひとすすり。
 綾峰は、大学時代の高橋の先輩にあたるのだが、高橋のことを毛嫌いしていた。
理由は――高橋の性格が気に入らないから、と彼女は主張しているが(そしてそれも大きな理由の一つだが)、一緒に受けたプログラム教官採用試験に高橋だけが受かった時から、その嫌悪感は数倍に増していた。おそらく嫉妬だろう。
「・・・わかりましたよ。綾峰さん」
「様」
「ええっ!?」
「冗談よ」
 さっきまでの余裕はどこへやら、高橋はマトモにペースを崩されている。
「で、何の用なの?」
「何のって・・・そっちこそ何の用なんですか。担任は会場まで来る必要はありませんよ?」
「五月蠅い」
 言って、またまた紅茶をすする。
「私の生徒がどうなってるか知りたいの。大事な生徒たちだもの」
「・・・しっかりトトカルチョに参加してる人が、よくそんなこと言えますね・・・」
「五月蠅いって言ってるでしょ」
 またまた近くにあったペンが宙を飛び、高橋の額に命中する。
「・・・っ・・・」
「で、貴方は誰に賭けたのよ?」
「・・・綾峰さんは、誰に賭けたんです?」
 高橋の質問に、綾峰はわずかに不快そうな表情を見せるが、今度は何もせずに答える。
「・・・鯊谷君よ。大本命でしょ」
「鯊谷くん、ですか?・・・確かに運動能力ではトップクラスですが・・・」
「しらばっくれても無駄よ。彼は、某政府役人がプログラム妨害組織を潰すために送り込んだスパイ。それくらい、この私が知らないとでも思って?」
 自信満々に言い切る綾峰に、高橋は苦笑いで頬を掻く。
「・・・正直、驚きです・・・」
 綾峰は、その美貌ゆえ政府の役人にも何人か付き合っている者がいる。しかしそれを知っている高橋にも、今の言葉は意外だった。
「ちなみに育ちも知ってるわよ。国立の孤児院入れられて、特別養成所で暗殺者として育てられた―――でしょ?」
「正解です」
 綾峰は手元の紙に目を移し、蔑むような表情でつぶやく。
「オッズを見れば、何かあることくらいわかるわよ。水戸君や獅島君を抜いてダントツで一番人気―――ヤラセ同然よね」
「・・・と言うか、ヤラセそのものですよ。暗殺のプロと普通の中学生と戦わせるなんて・・・・・・彼女がいなければ、ですけどね」
 言って、高橋は生徒の一人の資料を差し出した。
「僕は彼女に賭けました」
 ―――『女子20番・流川夜深』。
「・・・流川さん?・・・まあ、能力で言えばそこらの男子よりずっと上だし特に仲がいい人もいない・・・普通なら優勝候補でしょうけど、鯊谷君には及ばないんじゃないかしら?」
「オッズの方も、三位以下を引き離して二位ですよ」
「対抗馬ってとこ?・・・意外ね。水戸君の方が上だとおもってたけど・・・」
 資料に目を落とすが、そこには特に重要なことしか記されていない。夜深のそれも、運動能力のほかはほとんど白紙だった。
「・・・貴方が賭けるほどの理由は見当たらないわね・・・」
 綾峰の知る限り、高橋は嫌になるほど完璧な男で(ただし性格をのぞく)、何事にも確実性を重視していた。彼が夜深に賭けたと言うなら、それなりの理由があるはずだ。
「それが、不自然なんですよ」
 高橋は他の資料を取り出した。
「例えば、これは死亡した田上君のデータですが、彼の両親は反政府主義者で、すでに処刑されています。」 「だから、何?」
「他の生徒に関しても、家族が普通であればその他に、その生徒の過去などに関する資料が集められているんです。」
 楽しそうに高橋は笑み、人差し指を立てて綾峰を見る(思わず三本目のペンへ手が伸びそうになったが、綾峰はなんとか我慢した)。
「それが流川さんの場合、一切ないんですよ。過去を示す情報だけが、ごっそり抜けている・・・」 「・・・誰かが意図的に隠した・・・?」
「そう、正解です。そして僕は彼女の過去を知っていたりするんですね・・・」
 今度はオッズの記された紙を手に取り、高橋は続ける。
「彼女に賭けている人は、ほとんどがそれを知っている人ですよ。スパイ―――鯊谷君が送り込まれたことは、裏では割と知れ渡ってますけど、流川さんの過去に関してはそこまで知られていないんです。それが、この結果になった、と言うわけです。」
 綾峰はやや憮然とした表情で高橋を見やり、
「・・・貴方・・・流川さんのこと、わざと知られないようにしたでしょ・・・?」
「え?・・・まあ、その方が倍率上がりますから・・・お世話になってる上官の方々には、ちゃんとデータを送りましたけど」
 シュッ。

 三本目のペンも、見事に命中したのだった。

 その後、綾峰は高橋を問い詰めて夜深の過去を聞きだし、彼女に賭けておけばよかったと、死ぬほど後悔したらしい。

 ゲームはまだ、始まったばかり。


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