1:気高さ
(・・・誰か、待てばよかったかな・・・)
肩より少し上、やや不揃いな髪。
拳法部の児玉恵美(女子6番)は、丘に続く細い道を歩きながら、少し後悔した。
学校ではほとんど一人でいた恵美は、同じ部活で多少付き合いのある湯川莉果(女子19番)以外に仲の良い者はいなかった(そしてその莉果も、出席番号が離れすぎていた)。
それゆえ一人になったのだが、男っぽく気の強さにも定評がある彼女にさえ、この状況で一人でいることはかなりこたえていた。
背負ったデイパックの中にあった武器は、二つ対になったトンファー。部活で少し触ったことくらいはあるが―――どうにも心ともなかった。
(・・・皆、あたしなんか信じてくれないんだろうな・・・)
男勝りな性格の彼女には、女子たちの会話はうっとおしいとしかうつらず、教室では自ら望んで孤立していたのだが、今それをどれほど恨んだことか。
―――とにかく誰か、支えあえる者が欲しかった。
(・・・やっぱり莉果くらいしかいないな、あたしと一緒に居てくれそうな人・・・)
ガサガサッ。
不意に、そばの茂みが揺れた。
「!!!」
あわててそちらに振り向き、デイパックをおろしてトンファーを腰だめに構える。
「誰っ!?」
「っ、児玉か!?」
ガサッ。
もう一度、茂みを大きく揺らして現れたその姿は―――
「・・・間坂・・・?」
委員長の秀人らと仲の良い、バレー部男子、間坂亮(男子6番)。
恵美と同じ出席番号で、出発の2分前にその背中を見送った、その人だった。
そしてその右手には―――銃が、握られていた。
(・・・銃・・・!!)
一瞬表情を引きつらせ、落ち着けと自分に言い聞かせてから口を開く。
「・・・何の用?」
「何のって・・・」
亮は戸惑ったように恵美の顔を見、それから震える手を胸の前に上げた。
「!?」
「仲間になろうって、い、言うとでも、お、思ってるのかっ!?お、お前なんか、信用できるわけないだろ!!俺は、し、死にたくないんだっ!!」
「・・・あなたは私に勝てないのよ。それでも戦う?」
「・・・るせえっ!!女のくせに、調子にのってんじゃねえっ!!」
(・・・っ!!)
勝気な恵美は、女だから、女のくせに、などと言った言葉は大嫌いだった。
銃口が自分の顔にポイントされているのを確認して、恵美は汗ばむ両手に力を込めた。
・・・ためらったのは、一瞬だけだった。
「―――せぁっ!!」
「!?」
気合を声にして放ち、一気に間を詰める。一瞬にして、数メートルの間合いがゼロになった。
勢いを殺さないままに、思いっきり右手を振るう。
ゴッ・・・。鈍い音がして、亮の体が1メートルほど後ろに飛んだ。
「・・・っぐ・・・何を・・・!!」
「何をって、訊くの?・・・先に銃なんか向けたのは誰?あたしなんか、信用できないんじゃないの!?」
怒鳴りながら、もう一度右手を上げる。
「う、あああっ!!」
亮は悲鳴をあげて、退りながらなんとか立ち上がった。顔の左側が赤く腫れ、口の端に血がにじんでいる。
「男が・・・情けない声出してんじゃない!!」
だんっと地を蹴り、上げた右手を突き出す。今度は腹部にヒットし、亮の口から息が漏れた。
「こんな状況で敵意見せたからには、謝ったくらいじゃすまないんだよ・・・これからは覚悟することね・・・」
吐き捨てて、恵美は下ろしていたデイパックを拾い上げた。
もともと、こんなゲームにのるつもりなどないのだ。ここで亮を殺しても、何にもならない。
―――やる気になった亮に殺される者がいないとは限らないが、それは恵美の知ったことではなかった。
相手は銃を持っている。誰かのためにとどめを刺そうと下手に攻撃して、返り討ちにあっては死んでも死に切れない。
だが。
「・・・っ・・・ふざけてんじゃ・・・ねぇっ!!」
亮の声に振り向こうとした、刹那。
パァンッ・・・。
(・・・・・・っ!?)
振り向くまでもない、銃声だ。
「・・・何のつもりよ・・・?」
「殴るだけ殴って、逃げる気か・・・?言ったよな・・・俺は死にたくない・・・」
頬に汗が伝うのがわかった。
わずかに恐怖心を感じたが、圧し殺して振り向く。
「・・・このゲームに乗るってわけ?」
亮は、両手で自動拳銃(Cz・M75)を握り、恵美を睨みつけていた。
ぎらぎらと、刺すようなその視線は、正気を失っているようにも見えた。
「・・・死にたくない・・・だけだ・・・」
「つまり、乗るってことだよね。あんたごときが脱出できるとは思えないし――」
「黙れ!!」
パンッ!!
Cz・M75が再び火を吹き、恵美の左肩に痛みが走った。
「・・・っ!!」
肩のわずかに上を銃弾がかすめ、ブレザーの袖と、皮膚をわずかに切り裂いていた。
「・・・!?」
(・・・こいつ・・・)
恵美は目を細める。が、亮自身も脅えた様子で震える手を見つめていた。
「・・・わかった。もう容赦しないから・・・!!」
「ち、違うっ・・・俺は・・・」
トン・・・舗装された地面に、恵美は軽く一歩踏み出した。
目の前で、亮の眉がびくっと跳ね上がる。
「お、お前が悪いんだぞ!?俺は撃つなんか・・・」
「・・・人のせいにしないでよ・・・死にたくないって言った。あたしが信用できないとも言った。なら、やる気だって思われたって文句は言えないよ・・・?」
ザッ。亮のスニーカーが、音を立てて一歩退る。
恵美は不満げに眉をひそめた。
(・・・男のくせに・・・なに脅えてるんだよ・・・!!)
情けない男は嫌い。
「―――ぁあっ!!」
叫ぶと同時に大きく踏み出し、再び間合いを詰める。
右手を突き出し、手首を捻ってもう一撃。腹部に二連撃で、亮は血を吐いた。
「・・・っぐ・・・」
息とともに、苦しげな呻きが漏れる。
だが、恵美は攻撃の手を緩めない。
倒れる寸前の亮を捕らえ、左右を同時に突き出す。両方が腹部に命中し、亮は完全に気絶して背中から倒れた。
「・・・ふうっ・・・」
わずかに息を吐き出し、恵美は亮に歩み寄った。
あれだけの攻撃を受け、しかも気絶していると言うのに、その右手にはしっかりと銃が握られていた。
(・・・大した根性・・・)
あきれたように溜息をつき、銃を奪おうとかがみこむ。
人を殺そうと言うわけではないが、武器はあるに越したことはない。
―――刹那。
(・・・・・・!?
)
嫌な予感がして、恵美は身を引いた。
―――パンッ。
「・・・っ・・・痛っ・・・!!」
今度はかすっただけでは済まず、銃弾は左の太股を貫通した。
「・・・このっ・・・!!」
激痛が走り、血が足を伝って流れ落ちる。
「・・・容赦しない・・・って言ったよな・・・・・・」
思わず膝をついた恵美の目の前で、亮が半身を起こして銃を向けていた。
「なら・・・俺も、容赦しないっ・・・!!」
(・・・何で!?何で平気なのっ・・・!?)
戸惑う恵美の前、亮はやはり錯乱気味の揺れる瞳で、銃と恵美を交互に見つめていた。
「・・・俺は死にたくない・・・俺は悪くない・・・」
そう、錯乱していたのかもしれない。
あるいは、完全に狂ってしまったのかもしれない。
だがその銃口は、ぴたりと恵美の胸を捕らえていた。
(・・・っ・・・殺されるっ・・・!!)
さすがの恵美もそれ以上は動けず、目を見開いてその黒い穴を見つめていた。
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