3:絶望への宣告
「う・・・っく・・・」
うめいて、龍哉は身を起こした。
(ここは・・・)
痛む頭(さっきまでよりひどくなった気がする)をさすりながらあたりを見回すと、そこは見慣れた教室だった。
――いや。みんなが机に座る順番も、そして前と後ろに黒板、正面向かって左にテレビ、教壇のすみに置かれた花瓶、その中の花(龍哉は名前なんか知らなかったが、数本のヒナギクにカスミソウを添えた、なかなかセンスのよいものだった)までもが同じだったが、そこはいつもの教室ではなかった。
両側の窓は黒い金属板でふさがれ(遠目にだが多分そうだろう)、壁に貼られた掲示物は見覚えの無いものだった。
――そして、生徒のほとんど(二、三人を除いて)は、机に突っ伏して眠ったままだった。
「・・・っ、おい水野!!水野、起きろ!!」
龍哉は隣の水野桜(女子15番)の肩を揺すり、起こした(沙希は残念ながら、席が離れていた)。
「ん・・・あれ、教室・・・?」
そう錯覚するのも無理は無かったが、龍哉は首を振って否定した。
「違う、多分。・・・どこなのかはわからないが、教室じゃない。」
桜は眠気を払うように、軽く頭を振った。
「な・・・なんだよこれ・・・!?」
声がして振り向くと、二つ後ろの席で、晴彦が首に手をやってうめいていた。
――制服のブレザーの襟元少し上、鈍い光を放つ金属製の何か――首輪に。
「な・・・」
なんだか急に息苦しくなった気がして同じように手をやると、ひんやりとしたなにかに(疑いようもない、晴彦と同じ首輪だ)触れた。
「新田、なによこれ・・・」
いつもは明るい桜が、不安げな顔で龍哉を見ていた。
(一体何が・・・)
そこで思い出した、そういえばさっき、俺は誰かに殴られた・・・!!
徐々に起き初めているクラスメイトたちを眺め、龍哉は考えた。
(さっき、みんなは寝ていた。起きていたのは俺と流川だけ・・・俺が殴られたのは、起きていたから!?だとしたら、流川も!!)
ばっ、と振り返ると、夜深は腕を組んで、じっと前を見つめて――いや、睨んでいた。あのあとどうなったのかは、その表情からは読み取れない。
生徒たちのほとんどが今や目をさまし、誰かに声をかけたり、不安げに辺りを見回したりしていた。
龍哉はまたひどく痛み始めた頭に手をやり――ガラッ、入り口の引き戸が開いた。
教室は、急にしぃんと静まりかえり、全員がそこに注目していることを示した。
「みなさん、おはようございます。目、覚めましたかぁ?」
入ってきたのは、二十歳を少しすぎたくらいの青年だった。
すらりとした長身を黒いスーツに包んだ、男にしては長めの黒髪、悪意を感じさせないが、かといって好感は持てない、張りついたような笑顔。
女にはもてそうな整った顔立ちだが、この場にはとても不釣合いな感じがした。
「寝てる人は起こしてあげてくださーい。」
すでに全員が、起きてその青年に注目していた。
「はい、みんな起きたようですね。じゃあはじめまーす、えーっと、新沢くん、号令お願いします。」
男子委員長の、しかし肩書きに似合わずお調子者の新沢秀人(男子8番)が、いつものへらへらした顔を緊張気味に引き締めて、立った。
「き、起立・・・」
がたがた、音とともに全員が――いや、陽香と洋平、それに夜深をのぞく全員が立った(一匹狼で赤髪、筋金入りのワルのはずの獅島俊也(男子7番)は、いつもと違ってちゃんと立っていた)。
男はわずかに目を細めたが、何も言わなかった。
「礼。」
立っていた生徒たちは各々頭を下げ、着席した(俊也は頭を下げはしなかった)。
「はい、始めます。」
にこやかに言って、男は黒板に向かった。
カッ、カッ・・・
チョークの音がしばらく響き、少し緊張の解けたらしい生徒たちのざわめきが、広がった。
(沙希・・・)
視界の右端にうつる沙希はこちらを見て、不安げに眉をひそめていた。
「はい、静かにー。今は授業中ですよ。」
男の声に教室は再び静まり、生徒たちは前を向いた。
「僕は、今回新しく皆さんの担任になりました、タカハシリョウヤ、といいます。よろしくおねがいしまーす。」
男の後ろの黒板に、高橋令也、と丁寧な文字で書かれていた(それにしても、担任にしちゃあ若すぎやしないか、せいぜい二十五だろ?)。
「担任だあ?ふざけるな!この首輪はなんなんだよ!修学旅行はどうなったんだ!?」
その洋平の声がスイッチだったかのように、再びざわめきが広がり始めた。
男――高橋は、困ったように頭をかき、なにごとかつぶやいて(龍哉には聞こえた、仕方ありませんねえ、と緊張感なくつぶやいていた)、スーツの中に手をいれ――抜き出した、その手には自動拳銃(グロック19だった)が握られていた。
龍哉は目を見開き――パンッ。
高橋が天井に向けて撃った一発は、生徒たちを黙らせるのに十分な効果があったようだった。
「授業中のおしゃべりはいけません、小学校で習いませんでしたか?」
銃を抜き出してさえ緊張感のないその笑顔は、龍哉たちには逆に怖く感じられた。
「な・・・お前、何なんだ!?何者だ!?」
なんだか滑稽にさえ思えるセリフを秀人が吐き、高橋は面白がるような表情で、それに答えた。
「何者だなんて、そんな大層なものじゃありませんよ。ただの、新米プログラム教官です。」
――今度こそ、教室は完全に静まりかえった。
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