5:信頼の否定


 ピッ、ピッ、ピッ。
 音は断続的に続き(病院の心電図のモニター音に似てる、龍哉は思った)、皆が龍哉に注目した。
「新田君・・・ですね。ちゃんと話聞かなきゃ駄目ですよ?・・・・・・ぼーっとしてたら殺される、それがこのゲームのルールです。」
意味もなくにこやかに言って、高橋は笑みに細まった目を開けて首輪を見た。
「はい、これが、先生の言うことを聞かずにエリアに残った人への、ペナルティです。首輪は警告音が鳴り始めて何秒かで――爆発します」
「――――――!?」
 全員が息を飲んだのが、わかった。
 ピッ、ピッ、ピッ・・・・・・
 電子音。それが、高橋の言う「警告音」であることは、疑いようもない――。
「皆さんの居場所は、生死と同様首輪からコンピュータに送られてきます。そして入っちゃいけない場所――「禁止エリア」に入ったら、メインコンピュータが電波を送ります。そしたら起爆スイッチが入って、一秒から二百五十秒まで、ランダムに爆発までの時間が決まります。そしてその時間が来たら――BOM、ってわけです。これは、そのメインコンピュータと同じ電波を送って起爆スイッチを入れる、リモコンです。主に先生からのペナルティに使われます」
 嬉々とした様子で高橋は言い、その「リモコン」を軽く振った。
龍哉がガタンっと席を立った。
 ほとんど無意識だったその行動に、周囲の生徒は反射的に身を引く。
「ちなみに今ので、起爆スイッチが入りました。いつ爆発するかはもうわかりません。・・・知ってるのは首輪だけ、ってとこですかね。」
 がたんっ、がたがたっ。
 音を聞いて我に返った龍哉は、はっと周囲を見回し、愕然とした。
 隣の席、水野桜が椅子を倒して、床に尻餅をついてこちらを見ていた。
「み、水野・・・」
 彼女だけではない。周囲の生徒達は、皆脅えた視線を向け、逃げようと席を立つ者もいた。
 ――沙希も含めて。
(みんな・・・沙希、嘘だろ?) 「爆薬は多めにしてあるので、近くで爆発したら他の首輪も誘爆しちゃうかもしれませんねえ・・・」
 がたんっ。
 皆が、席を立って龍哉から離れた。
「嘘・・・だろ!?みんな、嘘だろ!?・・・・・・沙希ぃ!!」
 龍哉は錯乱気味に叫んだ。が、沙希は黙って目をぎゅっと閉じた。瞳から涙があふれ、頬に落ちる。
「・・・高橋ぃ!!ふざけるな!!これ止めろよ!!」
「だめですよ・・・言ったでしょう?ペナルティ、です。」
 高橋は笑みを深くして言い放つ。
(ペナルティ!?そんなことで俺は・・・死ぬのか!?)
 呆然と龍哉はそれを眺め――電子音の間隔が短くなったのに、気づいた。
「おや、そろそろ爆発ですね。皆さん、逃げていたほうがいいですよ。」
「っ・・・!!」
 龍也は唇を噛み、高橋を睨み付けた。
 ピッピッピッピッピッ・・・
 皆、席を立って、龍哉を遠巻きに眺めているだけだった。
 ピピピピピピ・・・
「この、クソ野郎っ・・・!!」
 ピ――――ッ。
 (死ぬ――。)
龍也は恐怖に目を閉じ――
 ――――――――。
・・・なにも、起こらない。
「・・・っ?」
 龍哉がおそるおそる目を開けると、高橋が今まで以上に楽しそうな笑みを浮かべていた。
「はい、アトラクション終了。お疲れさまでした♪」
(な・・・何・・・?)
 呆然と立ち尽くす龍哉に、高橋は変わらない笑顔で、
「別に、本当に殺しても構わない、ってことになってるんですけどね――やっぱり、生徒同士で殺しあってもらわないと・・・・・・面白くありませんからね。」
 言った。
 面白くない、と。
「な、にを・・・何言ってやがる・・・!!」
 かすれた声で龍哉はつぶやき、憎悪に燃える瞳で高橋を睨みつけた。
「だから、アトラクションですよ・・・わかったでしょう?いざとなったら、誰も助けてはくれません。信じられるのは自分だけ・・・です。」
 高橋は動じない。
(この野郎・・・人の命を何だと・・・)
「新田くんも。人を信じたら危ない、って教えてあげただけなんですから、そんなに睨まないでくださいよ。」
 言ってから、席から離れたままの生徒たちに向き直り、再びリモコンを掲げた。
「今、皆さんに分かって欲しかったことは二つ。誰ひとり、信じられる人はいないことと、このリモコンの機能です。今は音だけの「脅し」でしたが、もちろん実際に爆発させることもできます。態度が悪い人には容赦しませんので、そのつもりでお願いします。」
 龍哉は、視界の端で、沙希がうつむいているのを見た。
 多分、龍哉を助けようとしなかったことで気まずいのだろう、それくらいは彼にもわかった。
 ――だが。
 同時に、高橋の言葉が事実だと、それもわかった。
(結局みんな、自分が一番か――。)
 ゲームに乗るわけではない、だが――
「はいはい、いつまでもこんなことしてないで、説明続けましょう。ルールの説明がまだ終わってませんよ。――席に戻ってください。」
 皆が慌てて席に着き始め、龍哉の思考はそこで打ち切られた。



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