2:友情と安堵
「―――葉奈、早く!!今の声、絶対恵美だよ!!」
湯川莉果は、遅れがちになる山崎葉奈(女子18番)を急かし、森の中から小道へと向かっていた。
「うんっ・・・!!」
葉奈は息苦しそうに、だがはっきりと返事を返した。
普段から、気が弱く、頼まれると嫌とは言えない性格の葉奈の世話を焼いていて、席も(そして番号も)近かったため、外で待つように合図を送って一緒に学校を出たのだ。
(・・・恵美は、他に仲いい人いないから・・・きっと、あたし達といてくれる。)
その読みは大方外れてはいなかったのだが、莉果は大きな勘違いをしていた。
(・・・銃声がしたってことは、恵美は銃を持ってる・・・!)
銃を持っているのが相手の方だとは、全く考えていなかったのだった。
葉奈の武器はナイフで、まあ武器と言えなくはなかったが―――銃声を何度か耳にした後では、それでも不安だった(莉果の武器は箱に詰まったチョーク、とても武器とは言えない―――ただし使用者が綾峰の場合は除く)。
莉果は、銃を持っている恵美と同行して守ってもらおうと考えたのだ。
もちろん彼女自身も拳法部に所属していたし、他に比べて多少は腕にも自信があったが、恵美には及ばないし、男子に勝てるとも思えない。
だから、莉果は恵美と合流するチャンスを逃したくなかったのだ。
―――都合の良いことではあるが、健也などのような精神力を持っているわけではない、「普通の中学生」である彼女では、仕方がないだろう。
この状況で、他人に頼らずにいられる者の方が珍しいのだ。
「恵美さん・・・無事だといいね・・・」
「恵美は平気だよ、あたしなんかよりずっと強いし・・・きっと、守ってくれるよ・・・。」
「うん・・・」
葉奈は答えて、疲れた足を気力で動かした。
運動は得意ではないし、拳法部の莉果とは基礎体力が違う。だが、弱音は吐かず、葉奈は必死について来ていた。
(・・・莉果だって、こんな時、他人を気遣ってる余裕なんかあるわけないんだから・・・頑張ってついていかなきゃ・・・)
迷惑をかけるわけにはいかない。
葉奈は、必死に足を動かす。
「何で・・・何で・・・っ!?」
悲鳴に近い声を上げ、恵美は痛む足を引きずって後退した。といっても地面に膝をついたままなので、距離はほとんど変わらなかった。
(・・・使い慣れてない得物とはいえ、あれは結構なダメージだった・・・立ってられるはずがない・・・!!)
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。悠長に不思議がっている場合でないことはわかっていた。わかってはいた、が。
(・・・っ・・・脚がっ・・・)
銃弾が貫通した左足はやたらと重く、立ち上がることさえ困難だった。
もちろん、致命傷には程遠い(感染症などを起こさなければ、だが)。しかし、戦闘能力を奪うには十分な傷だった。
「っ・・・何でっ!?何でよぉっ・・・!!」
「・・・俺、怖かったんだよ、死ぬのが。だから、銃持ってても、落としたりしてナイフとかで刺されたら・・・って思ってさ・・・」
狂気なのか、正気なのか。
判別し難い表情で、亮はブレザーの上から腹部を軽く叩いた。
コン、コン。
「・・・!?」
「・・・マンガとかで、あるだろ?腹に雑誌とか仕込んで、ナイフが通らなかったりするヤツ。あれだよ。」
確かに、雑誌が服の下に入っていたなら、トンファーの乱撃に耐えられたのもうなずける。
素手でなく、トンファーを使っていたため、手応えの違いに気づかなかったのだ。
「・・・小心者がっ・・・」
「・・・俺は・・・死にたくないだけだ・・・」
もう一度そう呟き、亮はCz・M75を構えなおした。
(―――っ、やられるっ―――!!)
理解していながら、体は動かなかった。
―――恵美は、本当の恐怖というものを、初めて思い知った。
ぱぁんっ。
「きゃあああっ!!」
奇妙に大きく響く銃声と女生徒の悲鳴は、ほぼ同時に恵美の耳へ届いた。
(・・・・・・?)
無意識にぎゅっと閉じていた両目を、おそるおそる開く。
「・・・っ・・・うあああっ!!」
最初に目に入った亮は、恵美の右手を見て悲鳴をあげた。
(・・・何・・・?)
つられてそこに目をやると―――恵美と同じ、冬用のブレザー姿が二つ。
「・・・・・・莉果っ・・・!!」
「恵・・・美・・・な、なんで・・・その傷・・・どうしたの・・・!?」
「恵美さんっ・・・大丈夫っ・・・!?」
捜し求めていた湯川莉果、そしてその友人(といっても、恵美には莉果が一方的に世話を焼いているように見えたが)、山咲葉奈。
自分は思ったより幸運だったようだ、恵美はそう思い、同時に闘志が湧くのを感じた。
(・・・二人を、怪我させるわけにはいかない・・・。)
そんな使命感のようなものが、恵美を奮い立たせた。
「・・・っ・・・間坂っ・・・!!」
「―――っ!!」
先程まで重くて動かなかった左足が、意思に従って正しく立ち上がった(もちろん痛みはあったが、思った程ではなかった)。
(行けるっ・・・)
トンファーを握る両手にも力が入り、自分の顔が笑みに歪むのがわかった。
「・・・間坂っ・・・莉果と葉奈は、絶対殺させないよ・・・!!」
亮が気圧されて一歩退り、莉果と葉奈はわけがわからないままで、しかし亮が「やる気」だと見て取ったのか、脅えた表情で恵美を見た。
「・・・うわあああああっ!!」
「―――!?」
悲鳴は、亮のものだった。
(・・・な・・・何・・・?)
戸惑う恵美に背を向け、亮は駆け出した。
「・・・逃・・・げた・・・?」
呆然と、莉果が声を漏らし、葉奈はへたりと腰を落とした。
「・・・どこまで情けないんだ・・・」
恵美は呆れた口調で呟き―――莉果達に向き直った。
「・・・ありがと、莉果、葉奈。・・・会えてよかった」
「・・・・・・あたしも・・・!!」
「無事でよかった・・・」
三人は向かい合って微笑し、右手を握り合った。
(・・・よかった・・・本当に・・・)
傷の痛みにも関わらず、安堵で胸がいっぱいになる。
二人は明らかに自分より弱く(怪我をしている今はどうかわからないが)、足手まといにすらなり得るというのに、どうしてこんなに安心するのだろうと、恵美自身不思議に思った。
(馴れ合うのは嫌だと突っ張っていても、やはり孤独と言う物は―――)
胸の内で、今まで馬鹿にしていた他の女生徒たちに対して、理解が芽生えた気がした。
「・・・莉果、葉奈・・・本当にありがとう・・・」
もう一度、今度は聞こえない程度に呟き、恵美はより明るく微笑んだ。
―――孤独は、もう嫌だった。
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