3:すれ違う思い
「・・・・・・・・・・・・」
静まり返った部屋の中で、上江美菜(女子2番)は息を潜めていた。
学校を含む、湖より少し北の住宅街。その中央辺りに位置する家に、美菜はいた。
校舎を出たときは、正面の森が安全かとも思えたが、だからこそ人が集まる可能性も高い―――そう考えて、あえて学校に近い住宅街を選んだのだが、同じことを考える生徒がいないとも限らない。結局は運しだいなのだ。
だが、何度か聞こえた銃声はいずれも学校周辺から聞こえたようだった(少なくとも、この住宅街からは聞こえない)。
運動部(ソフトテニス部だ)に所属している美菜は、体力はそれほど低くないと思ってはいたが、戦う―――否、殺しあうとなれば話は別だ。
マトモな喧嘩をした経験などあるはずもなく、相手を倒すどころか逃げ出すことさえ難しいと思えた。
しかも、デイパックから出てきた武器は、牛乳瓶サイズの容器に入ったクロロホルム。マンガなどで見て効力は知っていたが―――騙し討ち程度にしか使えないだろう。相手がいきなり攻撃してきたらおしまいだ。
(・・・・・・っ、先輩・・・あたし怖い・・・!)
二ヶ月ほど前から付き合っている、一つ年上の彼の姿が、脳裏をよぎった。
委員長、新沢秀人の兄で、去年までバレー部のエースアタッカーをつとめていた彼、新沢翔。
在学中、美菜とはあまり縁がなかったが、校内でも有名人であった翔のことは知っていたし、付き合おうと言われて悪い気はしなかった。
軽い気持ちで付き合い始めた美菜だったが、わずか二ヶ月の間にその思いは大きく変わっていた―――そう、この状況下で真っ先に思い浮かべる程に。
翔はバレーの推薦で、県内でも割とレベルの高い学校へ進学していた。成績は良いとは言えない美菜は、同じ高校へ行こうと必死で勉強していたのだ。
(・・・・・・そうよ、あたしは必死で頑張ってた・・・こんな所で死にたくないっ・・・!!)
―――刹那。
・・・パンッ・・・
「―――!?」
テレビや映画で聞くほどの迫力は無かったが―――それは、紛れも無く銃声だった。
乾いた、呆気ない程の音。しかし、聞く者を恐怖させる音。そして何より、数十分前にあの教室で聞いた音だった。
銃声は、しばらくしてもう一度、島に響いた。
―――学校より、さらに離れているようだ。
先ほどまでの銃声は、学校にいる兵士達が「脅し」として発砲しているのかとも思ったが、発信源が学校で無い以上、そうでないことは明白だった。
―――すなわち、誰かが誰かを殺そうとしている。
すぐに危険が迫っている、という距離ではなかったが―――美菜の恐怖を増大させるには、十分だった。
(・・・・・・っ・・・誰か・・・クラスメイトを殺そうって人が・・・いる・・・!!)
がくがくと震える膝を両腕で抱き、顔を埋める。
(・・・嫌っ・・・あたし、まだ死にたくないっ・・・!!)
スカートの裾を、熱い涙が濡らしていった。
(・・・先輩っ・・・助けて・・・・・・っ!!)
同時刻。
美菜が隠れているのとは反対側、学校から北西に位置する住宅街を、新沢秀人は歩いていた。
手には、短めの銃身のリボルバー、スミス&ウエスンチーフスペシャル。
装填数は5発と少なめだが、銃であること自体がかなりの幸運なのだ、贅沢は言えない。
秀人は、ある人物を探し、たくさんある家の中を覗いて回っていた。
(上江っ・・・無事でいてくれよ・・・!!)
秀人はゲーム開始直後から、兄の彼女である美菜を探していた。
お調子者で通っている秀人らしくもない真剣さで、この広い島の住宅一つ一つを探しているのだ。
(・・・怖がってる女の子が隠れるなら、家の中が一番安心だろう・・・上江も、多分そうするはずだ・・・)
その考えは大方正解だったのだが―――残念ながら選んだ住宅街の場所は正反対だった。
だが秀人は、どれだけ時間がかかっても、美菜を見つけ出すつもりだった。
―――彼には、勝算があった。
『逃げる方法があるとすれば―――それを、外してみることですね。なんでも、ラジオを分解する程度の道具と技術でバラせるらしいですよ。』
高橋は、確かにそう言った。
確かに、それ以外の方法はないだろう。海に出るなどして脱出を試みたとしても、この首輪のせいで居場所は筒抜け、電波を送られておしまいだ。
地図を見た限りだと、湖の上に電気金網は通っていないようだが、これも首輪の機能があるからこそ、だ。島の反対側へ泳ぎ着いても、同じくドカン。
――もちろん秀人が知るはずもなかったが、湖の反対側は禁止エリアと同じ扱いで、地図上の境目を過ぎた時点で自動的に電波が送られるようになっていた。
―――だったら、高橋の言うとおり、首輪を外してやればいい。
高橋の話が本当なら、それほど複雑な技術はいらないし、道具もその辺の家で手に入る。
もちろん、首輪の構造がわからない以上、下手にいじるわけにはいかないが―――その点に関しても、秀人には考えがあった。
男子18番、鯊谷聖戯。
三年になって転校してきた彼は、愛想の良さと優しい性格で、すぐにクラスに馴染んでいた。
クラス委員だがお調子者で、男子の中心である秀人も然り。何度か家に遊びに行ったことさえある(中三にして一人暮らしだったが、男の部屋とは思えないほど片付いていた)。
そして、秀人は聖戯のパソコン技術を目の当たりにしたのだ。
半鎖国状態のこの国で言う「インターネット」が、政府の管理下に置かれた「大東亜ネット」という名のクローズドネットに過ぎないことは秀人も知っていた。政府の機密情報は当然だが、海外にアクセスすることすらできない。
しかし、聖戯はそれを、秀人の目の前でやってのけたのだ(いわゆる、「ハッキング」というやつ)。
その時は、米帝(アメリカのことを政府はそう呼んでいる)のサイトを少し覗いただけだったが(ちなみに本文はすべて聖戯が訳してくれた。英語は完璧だ)、彼はこの「プログラム」についての情報も拾ったことがある、そう言っていた。
『僕も中三になって、やっぱり不安になったから―――少しだけ、調べてみたことがあるんだ。最重要機密まではさすがに無理だったけど・・・』
そう言って話してくれた「プログラム」の内容に、この首輪のことも含まれていた。
―――高橋が「プログラム」の名前を出した時、秀人は真っ先に首に目をやったのだ(それまでは全く気づいていなかったのだが)。
要するに―――聖戯は、首輪の内部構造を知っているのだ。
彼と合流することさえできれば、脱出は可能だ。秀人の知る限り、聖戯は皆を見捨てて一人で逃げ出すような奴ではない。脱出の方法があるなら、なるべく多くのクラスメイトを助けようと考えるだろう。
彼を信じ、秀人は美菜を探していた。
もちろん他のクラスメイトを見捨てることはしないが、彼にとって最も助けたいのは、美菜だった。
慕っている兄の彼女。だが、同時に秀人の想い人でもあった。
(上江・・・絶対、助け出してやるからな・・・)
―――刹那。
・・・パンッ・・・
「―――ッ!?」
ばっ、と顔を上げる。
しばし間を置いて、もう一発。
やや遠かったが、それは紛れも無く銃声で。この住宅街から西側の森か――あるいはその向こうから、聞こえてきた。
愕然となり、秀人は宙に目を彷徨わせた。
脱出法がある、その事実が忘れさせていた恐怖が、再びわきあがった。
(・・・誰か・・・本当に殺し合ってる奴がいるのか・・・!?)
脱出法があっても、それを実行する前に死んでは意味が無い。
そして実際殺しあう意思がある者に出会ったとすれば―――逃げようという呼びかけは、自殺行為だ。
恐怖は心の中でふくらみ、秀人は右手のリボルバーをぎゅっと握りなおした。
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