6:不信の遭遇


 ・・・かさっ。 木の葉の揺れる音に、矢野義幸はすっと視線を上げた。
我知らず、支給品の銃(STIイーグル6.0とかいう名前らしい、知ったことじゃないが)を握る手に力が入る。
頭上の木々達はさして高くもなく、腰を下ろしていても先が見えるほど。さして時期外れでもない今、それらにはオレンジ色の果実――みかんが、美味しそうに実っていた。
「・・・・・・」
 義幸はそれを目に留め、しかし手を出すことはしなかった。
プログラムについて詳しいわけではないが、頭の切れるほうである義幸は、当然このゲームにおける『食料』の大切さを悟っていた。長期戦になれば、食料の有無は戦闘力に大きな差を生む。
しかし――それと知っていても、今は何かを口にする気にはなれなかった。
校舎を出てすぐ、わずかに横にそれた場所ではあったが、警戒して辺りを見回した義幸は、しっかりと見てしまった――サッカー部で共にグラウンドを駆け回っていた、池田勇の変わり果てた姿を。
小学校から仲の良かった龍哉と健也を『親友』というのなら、勇は彼にとって『相棒』とでも言うべき存在だった。
それが――数日前までパスを出し合ってゴールを狙っていた勇が、物言わぬ骸となって、しかも顔面をめちゃめちゃに砕かれて、横たわっていたのだ。
その光景を見た今は、どんなに空腹であろうと胃が食べ物を受け付けないだろうと思えた。
「・・・・・・くそ」
 誰にともなく悪態をつく。このゲームを仕切る高橋に対するものなのか、勇を殺した何者か――おそらくは流川夜深だろうが――に対するものなのか。
 あるいは、このろくでもない国自体か、こんな国を生み出した世界全てに対するものなのかもしれない。
――どちらにせよ、勇が死に、そしてどこかでクラスメイトの誰かが銃を手に戦っていることは、確かな事実だった。
少し前に聞こえた銃声は、誰かの命を奪っていたのかもしれないし、それは彼が『親友』と呼んだ二人のどちらか、あるいは両方なのかもしれない。不吉な予感はいくらでも湧いてくる。
(・・・新田、藤堂・・・お前らどこにいるんだ・・・?)
 不安は尽きない。だが、彼らの顔を思い出すと、少しだけそれが薄れた気がした。
健也は皆を元気づけようと明るく振舞っていた。龍哉は首輪を鳴らされてなお、皆を信じようとしていた――十分だ。彼らに合流さえできれば、問題ない。
(・・・俺らしくもないな・・・あいつらに、自分の心配しろって怒られるかな)
 苦笑気味に笑み、少しうつむいてふっと息をついた――刹那。
ひゅっ。
何かが、空を切って義幸の方へ飛んで来た。
「――っ!!」
後頭部に、熱が走った。深い傷ではないようで、ちりっと跳ねる程度の痛みだったが――何者かが、明らかな殺意を向けていることは確かだった。
「誰だっ!?」
 振り向きざまに銃を向け、鋭く声を発する。襲ってきた奴には容赦しないが、誰か見極める必要はある――そう、思った。
「僕だよ、矢野君」
 男にしてはやや高めの、透明感のある声。そして、こんなゲームの中だとは思えないほど、落ち着いた声だった。
声の主は木々を抜けて姿を現し――義幸は、その姿に目を細めた。予想外で――ある意味では予想通りの、その姿に。
色素の薄い、さらさらの髪の持ち主。優しげに整った、高貴な印象の顔立ち。
「・・・鯊谷・・・お前か」
 4月からの転校生にして、男子委員長・新沢秀人の信頼する男――鯊谷聖戯の姿が、そこにはあった。



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